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受験シーズン到来、自分と向き合う経験こそ財産 山口つばさ「ブルーピリオド」

 受験シーズン間近です。うちにも高校3年の娘がいて、十数校受けるなどと申しております。私自身は、せっかく受かった大学に、学費を出してくれた親に噓(うそ)をついて全然通わなかったという極道者なので、何をいう資格もありません。子供にとってはもちろん、親にとっても悩み多き季節です。

 今回ご紹介する山口つばさの『ブルーピリオド』は、成績も友達づきあいも順調な高校2年の男子・矢口八虎(やとら)が主人公です。人に気をつかい、努力型で、一見「リア充」の八虎ですが、ひとりになったとき、自分の生活の手応えのなさにふと不安になったりします。そんなおり、眠るために選んだ選択美術の授業で、言葉にならない自分の感覚が絵になってしまうことの不思議を知り、絵を描くことの面白さに目覚め、美大受験をめざすことになります。

 ここから「スポ根」ふうの受験物語となり、美大受験や絵の描き方のノウハウなども巧みに織りこまれ、スリリングな展開にぐいぐいと引きこまれていきます。でも、それだけなら、従来の少年マンガのパターンの応用にすぎません。しかし、『ブルーピリオド』では、そうした努力~友情~勝利のドラマの定型をこえて、主人公たちは、大学受験というほとんど理不尽に襲いかかってくる社会の制度と妥協しながら、自分の生き方をどのように作りあげていくべきかというリアルな問いに真摯(しんし)にぶつかっているのです。

 登場人物一人一人の造形が確かなことも、このマンガの説得力を大いに高めています。八虎をとり巻く、大学受験とはあまり関係ないヤンキーで脳天気な男子の友人たちから始まって、同じ美大受験に向かう多彩なライバルまで、それぞれの個性があざやかに立ちあがっています。なかでも、自分のアイデンティティのあり方に迷いつづける女装の同級生との八虎の交友の挿話は、デリケートな問題を誠実に描きだしていて、感心させられます。

 最新刊の第6巻では、ついに八虎の受験の結果が出ることになります。

 受験の直前に、美大予備校の女性教師は八虎たちにこういいます。

 「この数カ月 君たちは 自分の弱さと強さに向き合った そして描き続けた それは結果ではなく 必ず君たちの財産になるわ」

 この言葉を、綺麗(きれい)ごとのおためごかしでなく、生々しいリアルな出来事として感じさせるだけの力がこのマンガにはあります。受験をめざして一喜一憂しながら力を尽くしているすべての少年少女に、この教師の言葉を捧げたいと思います。=朝日新聞2019年12月11日掲載