1945年の日本の敗戦のあと、中国では国民党と共産党による内戦が再燃した。やがて国民党軍は敗退し、多くの軍人の家族が故郷を離れ、台湾へと逃れていった。
そんな東アジアの混乱の歴史を背負った、自らの母親に向けたエッセー集。筆者は台湾ではすべての著書がベストセラーといわれ、中国大陸をふくむ華人世界で圧倒的な影響力をもつ人気作家である。
執筆のきっかけは2014年、民間から抜擢(ばってき)された文化部長(文化相に相当)の職を辞したときのこと。「忙しさから解放され自分の時間ができたとたん、根本的な問題を自問するようになった」という。
生まれ故郷の浙江省から、24歳で台湾に来た母親の美君(メイチュン)さんはすでに90歳を超え、地方の介護施設に入っていた。認知症が進み、話しかけても娘が誰か分からない状態。
「急に大きな不安を感じました。自分にとって、とても大事な人の生命が終わろうとしているのに私は何をしているのか……。17年に施設の近くに引っ越し、それからの約2年間を書いたのがこの本です」
介護の記録ではない。両親との思い出や息子との何げないやりとり、家族とは何か、記憶とは何か、といった話が母親に語りかける形で淡々と展開される。激動の中台関係を生きた人々の人生や家族の歴史が浮かび上がる。読んでいて、どこか懐かしいぬくもりを感じる。おそらく、個人ではどうしようもない巨大な力に人生を翻弄(ほんろう)された人々を慈しむ、優しい視線があるからに違いない。
ノンフィクション『台湾海峡一九四九』、エッセー集『父を見送る 家族、人生、台湾』(ともに白水社)に続く、3部作の完結編との位置づけ。「歴史の門が閉まる5分前に何とか書き上げることができたと思っています」(文・写真 論説委員・古谷浩一)=朝日新聞2019年12月21日掲載