米国からメキシコへと移り、現在はヒマラヤの山中などを放浪する詩人アンバル・パストさん(70)。邦訳詩集『アンバル・パスト詩集』(細野豊編訳、土曜美術社出版販売)が刊行された。来日した彼女が、自らの詩世界について語った。
《彼女は水の下 浜辺にいた鯨の中で生まれた そこで地球が未だ蛹(さなぎ)だったとき 月が見つかった(中略)創造の女神は胸が未熟な木の下の 川で水を浴び 川の腹の中で裸になる》(「傾いたうみ」から)
詩に通底するのは太古からの伝承や神話性。そこに女性の身体の赤裸々な吐露や、虐げられた民の怒りなどが入り交じる。米国で生まれ、先住民チェロキー族の血を引く母に詩を読み聞かせられた。メキシコとの国境沿いで育ち、隣国の古代建造物や歴史に触れた。
結婚し「平凡な家庭の主婦」として過ごしていたが、25歳の時、映画館の外で偶然知り合った男性たちと親しくなり、カヤックでメキシコへ。行き着いた先でマヤ族の人々と出会った。「全ての者は詩人であり、詩には病を治す力をもあると信じられていた。私はあのように人間的で詩的で、魔術的なものを求めていたのです」。すぐに移住を決めた。
先住民族たちと暮らすうち、本格的に詩作を始めた。初の詩集を現地のツォツィル語で出版、国際的に知られていった。
4年ほど前からメキシコを離れ、各地を転々と旅している。「詩」は世界の至る所に散らばっていた。
「私は自分の詩を書かない。ある絶対的な『詩』があり、詩人はそれを秘書のように聞き、書き記す存在なのでしょう」(山本悠理)=朝日新聞2019年12月25日掲載