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2019年ホラーワールド回顧 古今東西、短編集豊作の一年

文:朝宮運河

 平成が終わり、令和が始まった2019年。怪奇幻想文学をめぐる出版状況は、昨年に引き続き好調だったように思う。毎月、各社から注目タイトルが続々刊行され、月に一度の時評ではフォローし切れないほどだった。出版不況が長引く中、少数ながら熱心なファンに支えられている怪奇幻想系のジャンルは、いよいよ存在感を増しているような気がする。

 今年の目立った特徴としては、短編集の豊作があげられる。国内外のオリジナル短編集はもちろん、画期的なアンソロジー、古典作品の新訳や復刊が相次ぎ、短編ホラー好きを大いに喜ばせてくれた。もともと短編形式と縁の深いジャンルとはいえ、2019年の刊行ラインナップの充実ぶりには目を見張るものがあった。

国内編)「十二国記」だけじゃない 小野不由美の怪談小説

 ではさっそく主要作品をふり返ってみたい。まずは国内編。『営繕かるかや怪異譚 その弐』(KADOKAWA)は、今年『白銀の墟 玄の月』が驚異的セールスを記録した小野不由美による怪談小説。家屋にまつわる怪異を“営繕”によってやり過ごす、という発想がユニークな連作だ。亡者に魅入られてゆく男を描いた「芙蓉忌」など、人知の及ばぬものの気配をまざまざと感じさせる逸品ぞろい。恒川光太郎『白昼夢の森の少女』(KADOKAWA)は、着想の素晴らしさが光る一冊。旅の男と巨大なもののけの遭遇を描いた「古入道きたりて」が絶品。哀切さに裏打ちされたのびやかなビジョンを味わいたい。『ひとんち 澤村伊智短編集』(光文社)は、本格ミステリにSFにと旺盛な執筆活動をみせた澤村伊智が、ほの暗い夢想を結実させたハイレベルな作品集。都市伝説ものの「夢の行き先」、おぞましき幻獣小説「シュマシラ」あたりが特に印象的だった。

 このほかにも、現代女性の生きづらさを怪談に封じこめた朱野帰子『くらやみガールズトーク』(KADOKAWA)、この世とあの世の境界に切ない物語を紡いだ木内昇『化物蠟燭』(朝日新聞出版)、中川多理制作の人形とのコラボが生み出した山尾悠子『小鳥たち』(ステュディオ・パラボリカ)、現代版“東西不思議物語”とでも呼ぶべき石神茉莉『蒼い琥珀と無限の迷宮』(アトリエサード)、著者のルーツである“奇妙な味”を満載した恩田陸『歩道橋シネマ』(新潮社)などなど、優れた短編集が目白押しである。皆川博子『夜のアポロン』(早川書房)、服部まゆみ『最後の楽園 服部まゆみ全短編集』(河出書房新社)は、現実の彼方にある風景を幻視しためくるめくゴシック・ミステリ集。書棚に2冊並べたい。

 東雅夫編『平成怪奇小説傑作集』全3巻(創元推理文庫)は、平成30年間に書かれた国産怪奇小説のマスターピースを精選収録した画期的アンソロジー。それぞれ傾向の異なる3冊をひもとけば、“現代”とともに歩んだ怪奇小説30年の歴史が見えてくる。未知の作家・作品に出会えるのが嬉しい。なお、編者のアンソロジーとしては、江戸期の怪異譚を京極夏彦が現代語訳した『稲生物怪録』(角川ソフィア文庫)、“本当はこわい”小川未明に光を当てた『電信柱と妙な男 小川未明怪異小品集』(平凡社ライブラリー)、泉鏡花周辺のおばけ好き人脈を発掘した『文豪たちの怪談ライブ』(ちくま文庫)も、国文学ファン必携の好著である。

 一方長編も、数こそ多くないものの個性的な作品が刊行された。南方熊楠ら近代史を彩った傑物が多数登場する、柴田勝家の奔放な伝奇SF『ヒト夜の永い夢』(ハヤカワ文庫)、亡きものたちの静かな気配が揺曳する小川洋子の『小箱』(朝日新聞出版)、青春ホラーで知られる著者が突如サメ愛を全開にした雪富千晶紀の『ブルシャーク』(光文社)、痛快なバッドエンドがマニア心をくすぐる最東対地の『おるすばん』(角川ホラー文庫)。“土俗の闇”に独自のアプローチを試みた澤村伊智の『予言の島』(KADOKAWA)と高田大介の『まほり』(KADOKAWA)。宮部みゆきの『黒武御神火御殿 三島屋変調百物語六之続』(毎日新聞出版)は、怪談語りのツボを押さえた連作時代小説集。本来短編集の枠で紹介すべき一冊だが、表題作だけで長編一本分のボリュームがある。呪われた館に迷いこんだ男女が次々と命を落としてゆく……という壮絶極まる幽霊屋敷ものだ。

 日本ホラー小説大賞と横溝正史ミステリ大賞が合流し、横溝正史ミステリ&ホラー大賞としてリニューアル。今年はその第1回受賞作も刊行されている。優秀賞受賞の北見崇史『出航』(KADOKAWA)は、腐臭漂う北国の港町を舞台にした異形のエンタメホラー。読者賞の滝川さり『お孵り』(角川ホラー文庫)は、生まれ変わり伝説を扱った現代ホラーである。受賞者お二人にはぜひとも、次世代のホラー小説界を担っていただきたい。

海外編)クトゥルー神話人気、衰えず

 続いて海外編。こちらも短編集から紹介しよう。『怪奇日和』(ハーパーBOOKS)は、現実にはありえない出来事を抜群の筆力で信じこませてしまうジョー・ヒルの作品集。思わずページをめくりたくなる語りのうまさは、実父スティーヴン・キングも顔負けだ。ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト『ボーダー 二つの世界』(ハヤカワ文庫)は、“スウェーデンのスティーヴン・キング”と呼ばれる著者が、さまざまな形の孤独と恐怖を描いたモダンホラー集。表題作が映画化され話題を呼んだ。ジョン・メトカーフ『死者の饗宴』(国書刊行会)は、狂気と恐怖がじわじわと肌に染みこんでくる重量級の英国怪談集。E&H・ヘロン『フラックスマン・ロウの心霊探究』(アトリエサード)は、オカルト探偵ものの先駆けとなった、怖くて楽しいシリーズである。
 南條竹則訳の『インスマスの影 クトゥルー神話傑作選』(新潮文庫)、森瀬繚訳の『未知なるカダスを夢に求めて 新訳クトゥルー神話コレクション4』(星海社)の2冊は、アメリカンホラーの巨匠ラヴクラフトの新訳。エレン・ダトロウ編『ラヴクラフトの怪物たち』(新紀元社)が出るなど、今年もクトゥルー神話&ラヴクラフト関係は人気が高かった。

 A・ブラックウッド他『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』(創元推理文庫)は、怪奇小説翻訳・紹介の先達として今なおリスペクトされる、平井呈一翁の訳業をまとめたアンソロジー。ほかにも伝説の雑誌を再編集した紀田順一郎、荒俣宏監修『幻想と怪奇 傑作選』(新紀元社)、探偵作家・渡辺温、啓助兄弟が江戸川乱歩の名義で翻訳した『ポー傑作集 江戸川乱歩名義訳』(中公文庫)など、注目すべきアンソロジーが刊行された。

 長編では、スティーヴン・キング作品でも屈指のヘヴィーな読後感を誇る巨編『心霊電流』(文藝春秋)、ラストで思わず唖然呆然とさせられる(でも憎めない)E・H・ヴィシャックの海洋冒険ホラー『メドゥーサ』(アトリエサード)、東西冷戦時代を舞台にしたブライアン・ラムレイの血湧き肉躍る伝奇ホラー『ネクロスコープ 死霊見師ハリー・キーオウ』(創元推理文庫)、ミステリアスな設定で世界の実相に迫るフランシス・ハーディング『カッコーの歌』(東京創元社)などを面白く読んだ。

 ところで早くから怪奇幻想文学の出版に携わってきた国書刊行会は、今年も重要な作品を相次いで刊行している。ほとんどが本邦初訳作品という貴重なアンソロジー『怪奇骨董翻訳箱 ドイツ・オーストリア幻想短篇集』、大邸宅で巻き起こる事件を熱狂的文体で綴ったウィリアム・ギャディス『カーペンターズ・ゴシック』、無数のパロディと奇想に満ちたジェイムズ・ブランチ・キャベルの異色ファンタジー『ジャーゲン』などだ。マニアックな企画と凝りに凝った造本で、多少値が張る本でも有無をいわさず購入させてしまう(ネット上では愛をもって“国書税”と呼ばれている)。そんな同社の編集方針がひとつの頂点に達したのが、小村雪岱の装幀を再現した美麗本『龍蜂集 澁澤龍彦 泉鏡花セレクションⅠ』だろう。定価8800円もするこの本をレジに持っていく時にはさすがに足が震えたが……、いやいや後悔はしていない。
 2020年もついお財布に手が伸びてしまう、そんな魅力的な怪奇幻想文学が多数刊行されることを望みたい。

2019年のベスト10

  • 小野不由美『営繕かるかや怪異譚 その弐』
  • 恒川光太郎『白昼夢の森の少女』
  • 澤村伊智『ひとんち 澤村伊智短編集』
  • 北見崇史『出航』
  • 東雅夫編『平成怪奇小説傑作集』
  • スティーヴン・キング『心霊電流』
  • ジョン・メトカーフ『死者の饗宴』
  • ジョー・ヒル『怪奇日和』
  • A・ブラックウッド他『幽霊島 平井呈一怪談翻訳集成』
  • 紀田順一郎、荒俣宏監修『幻想と怪奇 傑作選』