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朝日新聞書評委員の「今年の3点」① 石川健治さん、いとうせいこうさん、宇野重規さん、柄谷行人さん、呉座勇一さん

石川健治(東京大学教授)

①人外(にんがい、松浦寿輝著、講談社・2530円)
②主権論史 ローマ法再発見から近代日本へ(嘉戸一将著、岩波書店・9900円)
③高村光太郎の戦後(中村稔著、青土社・2860円)

 人外という「被造物の尊厳」との対比で「人間の尊厳」を考えさせるのは①。人格の始期と終期、人格的同一性と「記憶」、人格内部での相剋、人格の「承認」と社会関係、疎外された類的存在=他者としての「神」など根本問題を巡る。
 天皇代替わりの年に、日本的な「国民主権と天皇制」の存立機制に迫ったのが②。明治憲法と皇室典範の双方を起草した、法制官僚・井上毅の章は必読。
 ③は、己を虚しくして宇宙の大生命を体現しようとした以上責任のとりようがない表現人が、「戦後の」一市民の立場でこれを再読することで「戦後責任」をとろうとした事例を探求。射程は当然、自主表現人(筧克彦)であった現人神(あらひとがみ)天皇と、戦後の象徴天皇の関係にも及んでいよう。

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いとうせいこう(作家

①七つの殺人に関する簡潔な記録(マーロン・ジェイムズ著、旦敬介訳、早川書房・6600円)
②熱源(川越宗一著、文芸春秋・2035円)
③原子力時代における哲学(國分功一郎著、晶文社・1980円)

 ①はジャマイカで本当にあったボブ・マーリー暗殺未遂という世界的な事件を中心に、ギャングたちやジャーナリスト、周囲の女性たちの語りを訛りそのままに次々と重ねた大著。クレオール文学各種を一人で作ってしまったわけだ。
 ②は明治維新の頃、アイヌはどのように暮らし、日本国家形成を見ていたのかを、まさに小説でしか描けないリアルな息遣いで書いた。『坂の上の雲』別バージョン。直木賞にノミネートされたのも当然。
 ③は、事故を起こした福島第一原発、そして漏れ続ける放射能を抱えて、我々がどのような世界観で生きていくべきかを、いちから考えた哲学書。このような営為が出てくることこそが、放射能汚染の長さや影響力に対峙する人間の意地でもある。

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宇野重規(東京大学教授

①AI時代の労働の哲学(稲葉振一郎著、講談社選書メチエ・1760円)
②「幸福」と「人生の意味」について(教皇フランシスコ著、安齋奈津子訳、KADOKAWA・1760円)
③ファシズムと冷戦のはざまで 戦後思想の胎動と形成 1930-1960(三宅芳夫著、東京大学出版会・5720円)

 私の書評では取り上げられなかった本から。①一見すると「AIによって人間の仕事が奪われるのでは」というよくある議論かと思うが、本書の内容はまったく異なる。新技術の導入が労働と雇用に与える影響、生産性向上の労働者への還元、さらに人と物との新たな関係を考える本格的な資本主義論である。②は訪日した教皇の言葉を集めたもの。世界各地を巡り、人々と直接対話することを重視する教皇の信念がうかがえる。大切なのは「自分の外に出ること」ということを思い知る。③は戦後思想をめぐる論文集である。丸山眞男、竹内好、武田泰淳、三木清、あるいはサルトルについて、評者はこの著者の論文からつねに刺激を受けて考えてきた。それらを一つの展望の下に読めるのがうれしい。

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柄谷行人(哲学者)

①崩壊学(パブロ・セルヴィーニュ、ラファエル・スティーヴンス著、鳥取絹子訳、草思社・2200円)
②資本主義と闘った男(佐々木実著、講談社・2970円)
③オカルティズム(大野英士著、講談社選書メチエ・2090円)

 ①地球の生物が絶滅する危機がこれまで五度あったが、六度目の危機が迫っている。その兆候は化石エネルギーの払底や気候変動としてあらわれている。それに対して再生可能なエネルギーを活用する対策が提起されてきたが、それらはすべてもう遅い。一切の望みを棄てよ、と本書はいう。その上でのみ、ささやかな希望と活路が見えてくる。その意味で、「崩壊は終わりではなく、未来の始まりなのである」。②五〇年前にそのような展望をもち、シカゴ大学経済学教授のポストを棄てて帰国し、水俣の公害問題や三里塚の空港基地問題に取り組んだ人がいる。「資本主義と闘った男」宇沢弘文である。③今も流行しているオカルティズムの秘密を、一九世紀中期の「資本主義」の中に見出す新鮮な論考である。

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呉座勇一(国際日本文化研究センター助教

①三体(劉慈欣著、大森望・光吉さくら・ワン・チャイ訳、立原透耶監修、早川書房・2090円)
②平成金融史(西野智彦著、中公新書・1012円)
③知りたくなる韓国(新城道彦ほか著、有斐閣・1980円)

 ①は世界的ベストセラーになった中国SFの待望の邦訳。異星人との接触という古典的テーマに正面から挑み、現代的に再生させた力量に脱帽。欧米日などの先進諸国では見られなくなった科学文明への力強い肯定は、ここ30年で急成長した中国の勢いを象徴する。一方で日本にとって、この30年は低迷と混乱の時代だった。②はバブル対策のつまずきに端を発する金融行政の迷走を、関係者への取材に基づき生々しく語る。不良債権処理のための公的資金注入がもう少し早ければと悔やまれてならない。平成の間に日韓関係も大きく変容した。韓国への関心は高まっているが、学術的な入門書は意外に少ない。③は等身大の韓国に迫る。少子高齢化や格差など日韓共通の課題は多い。

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>朝日新聞書評委員の「今年の3点」②はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」③はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」④はこちら