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朝日新聞書評委員の「今年の3点」② 斎藤美奈子さん、武田砂鉄さん、出口治明さん、寺尾紗穂さん、都甲幸治さん

斎藤美奈子(文芸評論家)

① 土に贖(あがな)う(河﨑秋子著、集英社・1815円)
②神前酔狂宴(古谷田奈月著、河出書房新社・1760円)
③きみはだれかのどうでもいい人(伊藤朱里著、小学館・1870円)

 書評はできなかったけど出色だった3冊。気がつけば全部お仕事小説でした。
 ①は近現代の北海道を舞台にした短編集。蚕の卵をとる蚕種所、ミンクの養殖業、ハッカ栽培、水鳥の羽毛を採取する男、農耕馬の蹄鉄を打つ装蹄屋。廃れてしまった産業と働く人たちへの敬意が身に染みる。
 ②は都心の神社に併設された会館の披露宴会場が舞台。祀られている人物は明治の軍神だが、働く者たちは「それ誰」状態。しかし虚飾と茶番に満ちた宴会場で働くうち……。改元に伴う宴や桜の宴の疑惑に揺れた今年に相応(ふさわ)しい一冊。
 ③は県税事務所の納税部門で働く4人の女性が主人公。立場が違えば見ている景色もこんなに違う。公務員への不信が募る今般だけど、リアルすぎて笑いが引きつる。

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武田砂鉄(ライター)

①ぼそぼそ声のフェミニズム(栗田隆子著、作品社・1980円)
②潜入ルポamazon帝国(横田増生著、小学館・1870円) 
③みぎわに立って(田尻久子著、里山社・2090円)

 ようやく話し始めた声を、拡声器で「聞こえねーよ!」と怒鳴りつける世の中。オマエが黙れば聞こえるのに、と何度も思った。
 ①は、「弱さ」を訴えるためには一旦強くなってからにしろ、と迫る矛盾した社会に対し、自分で獲得した言葉を思いっきりぶん投げていく。痛切で痛快。
 ②はアマゾンの巨大倉庫で働いたルポ。ハンディー端末によって秒単位で管理される仕事。下請け業者が「アマゾン様」と呼ぶ現場では、体調不良の労働者に救急車を要請するのにも何段階も工程がある。機械を通して人間を支配しているのは、やはり人間だ。
 ③は、熊本にある橙(だいだい)書店の店主によるエッセイ集。日々の生活で掬い上げたものを、一滴もこぼさないように大切に記す。文章の佇まいに唸る。

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出口治明(立命館アジア太平洋大学学長)

①ゴルバチョフ その人生と時代(上・下)(ウィリアム・トーブマン著、松島芳彦訳、白水社・上5170円、下5280円)
②マイ・ストーリー(ミシェル・オバマ著、長尾莉紗・柴田さとみ訳、集英社・2530円)
③ラファエッロの秘密(コスタンティーノ・ドラッツィオ著、上野真弓訳、河出書房新社・3080円)

 今年は伝記が豊作だった。①は冷戦を終結させたソ連の最高指導者の伝記だ。政治と倫理は結合できるという確信と暴力の否定が彼の政策を深層で支える倫理的基盤だったが、そのような革新的な政治家がソ連という全体主義国家で生まれたこと自体が大きな謎だ。資料も精査されており一気に読ませる傑作だ。②はオバマ前米大統領夫人の自伝だ。夫婦の深い愛情と高い倫理観、飾らない率直な人柄と広い世界に向けられた温かいまなざしに胸が熱くなる。③は手練れのイタリア人美術史家による画家3部作のひとつだ。米国人のW・アイザックソン著『レオナルド・ダ・ヴィンチ』も佳作だったが、両書を読み比べてみると歴史の深い欧州と浅い米国の著者の差が歴然として面白い。

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寺尾紗穂(音楽家・エッセイスト)

①在宅無限大 訪問看護師がみた生と死(村上靖彦著、医学書院・2200円)
②分解者たち 見沼田んぼのほとりを生きる(猪瀬浩平著、森田友希写真、生活書院・2530円)
③「助けて」が言えない SOSを出さない人に支援者は何ができるか(松本俊彦編、日本評論社・1760円)

 今年も戦前を扱った本に加え、多くの福祉関連の本に触れ、勉強になった。①は訪問看護師の視点から、病院と在宅介護の違いを描く。現代が抱える看取りや福祉における問題を提起しながら、私たちの社会がいつのまにか失った、死にゆく、弱りゆく人との距離感を描いて秀逸だった。②は埼玉の見沼田んぼという場が持つ意味を、うもれた歴史や、障がい者の福祉農園に一家で関わってきた著者の家族史も交えて掘り下げる力作。③はマイノリティーが抱える問題の核心がタイトルに集約されており、現代日本にあふれている「聞こえぬ叫び」を広い分野から伝える。「去る者を追わず」の不干渉から「何とか関わる」関係性への転換は社会のあちこちで求められていくだろう。

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都甲幸治(早稲田大学教授)

①すべての、白いものたちの(ハン・ガン著、斎藤真理子訳、河出書房新社・2200円)
②ディスタント(ミヤギフトシ著、河出書房新社・1980円)
③74歳の日記(メイ・サートン著、幾島幸子訳、みすず書房・3520円)

 ①には心を揺さぶられた。ポーランドのワルシャワで、語り手は幼くして亡くなった姉を思う。雪景色の白と、生まれたばかりの姉の白い顔が重なる。詩的で繊細な文章の連なりは、韓国文学の一つの頂点を示している。②で描かれる青年の愛に引き込まれた。那覇の高校生である語り手は、日本とアメリカのルーツを持つクリスにどうしても気持ちを告げられない。関係が壊れるぐらいならこのままでもいいじゃないか。だが彼の気持ちが収まるわけもない。同性同士の関係だからこその切なさがここにある。③には、日常生活の中の美を教えられた。心臓病の語り手はすぐに息が切れてしまう。だからこそ、じっくりと光の変化を愛でながら、家事を一つずつ丁寧に味わえるのだ。

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>朝日新聞書評委員の「今年の3点」①はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」③はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」④はこちら