世の中に存在しない本をプレゼンする
同校ではビブリオバトルを国語の授業に導入、中学生の全国大会で受賞者も輩出している。その熱意に応える形でやって来た辻村さんだが、授業は意表をつく展開となった。
「ビブリオバトルは作家にとって、自分の作品を公にほめちぎっていただける、またとない機会ですが」と、辻村さん。「今日は私の本ではなく、架空の本を班ごとに考え、それでバトルしてみましょう」。
「うへぇー!」「マジで?」。6班に分かれた生徒たちの表情は、さながらムンクの叫びのよう。というのも、辻村さんから事前に「班ごとに辻村本を1冊選んでバトル用原稿を書いてみる」という宿題が出されていて、授業はその延長と思っていたから。まさかの展開だ。
だが、「ジャンルから決めよう」「ミステリーにちょっと冒険を入れるとか?」など、たちまちアイディア出しが始まった。
作業時間は30分。簡単に構想を練ったら、ワークシートの「タイトル」「あらすじ」「キャラクターの特徴」といった項目を埋めていく。それだけでなく、発表の仕方を考え、画用紙でブックカバーを作成するまでが課題だ。
それでも生徒たちの盛り上がりは目を見張るばかりで、「内容がない本になるなあ」と自嘲気味だった班も、すぐさま「いや、内容を詰めなくても、プレゼンで面白さを伝えればいいんだ」とポジティブに自己解決。辻村さんも、「そのとおり。ビブリオバトルって、本の内容以上にプレゼンが面白かったりすること、あるよね」。
なるほど、世の中に存在しない架空の本だからこそ、好き勝手に紹介できる。発表する自分たちだって、ストーリーが分かっていないところも面白い。架空本という設定の妙味が見えてきた。
鋭い質問に即興で返し刀
熱中するあまり作業時間は延長されたものの、くじ引きでプレゼンの順番を決めて発表だ。架空本を3分以内で紹介した後、2分間、他班からの容赦ない質問に答えなければならない。
トップバッターは、「抜群の視力を持ちながらもメガネに夢中な種族、ダサイ族。その中でただ一人、メガネを拒否していた主人公が初めてメガネをかけるシーンが涙もの」という『世界のメガネ大全』を考えた班。「作者は誰?」の質問に、「作者はダサイ・オサムで代表作は『走れメガネ』」と切り抜け、爆笑を誘った。
続いての班は、連続殺人事件『あの日の早朝 部屋には破片が落ちていた』をプレゼン。自身もミステリーを手がける辻村さんの質問「犯人が分かったとき、どんな気持ちになる?」に、「信じられない気持ちと共感できる部分があります」と答え、一同をうならせた。
架空の伝記『笠森高飛良の歩み 子守ロボット開発まで』で挑んだ班は、メンバーの頭文字をつなげて主人公の名前に。辻村さんに「その人は他にどんな開発を?」と尋ねられると即興で、「子どもが確実に眠る『催眠鈴』」と返し感嘆させた。
小説『安井の話』は、悪者なのに礼儀正しいがために因縁の相手に負け続ける、安井少年の物語だ。モデルは同校の先生。口癖の「なるほど」が決めゼリフという紹介が大ウケで、愛されキャラぶりが連想された。
4人の囚人が脱獄を試みる『囚人はつらいよ』は、「最後のどんでん返しが見逃せない名作」であり、「直木賞を普通にとっていて、世界で3番目に売れている」。この大風呂敷を広げたプレゼンに質疑は白熱。「どの国で最も読まれている?」「ドラマ化されないのが不思議」といった問いに、「ドイツやイギリスで人気。みなさんご存知のようにドラマを小説化した作品です」と煙に巻き、喝采を浴びた。
最後は、異色の豆腐小説『トウフくん』。父は大豆、母はニガリという設定で、「トウフくんに痛覚はありますか?」「トウフくんは絹ですか、木綿ですか?」など質問が殺到、「絹と木綿の両方の視点が楽しめます」と締めくくり、笑いを誘った。
すべてのプレゼンが終了した後は、挙手による「チャンプ本」の選出だ。結果、1位は『囚人』の班に。
辻村さんは講評で、「『メガネ』はカタログと思ったら小説で驚いたし、『破片』は人物相関図まで書いていて気概を感じた。『笠森』は一人の人生を丁寧に描き、『安井』からは学校の様子がうかがえて微笑ましかった。そして、『囚人』の班は作業中から楽しそうで、それがプレゼンに反映されたのでは。『トウフくん』は、ブックカバーのデザインも素晴らしかった」。
「中学生の力を見くびってはいけない」と辻村さん
「今日はみなさん、プロの創作作業に近い体験をしたと思います」と、辻村さん。作家も、初めにストーリーありきで順序よく書き進めるわけではなく、読後感を想定してから書き始めたり、編集者とのやりとりによって展開を変えることがあるのだとか。
前期図書委員の菊池泰丞(たいすけ)さん(1年)は、「チャンプ本になれたのは、みんなで意見を出し合った結果」。相関図を書いた北村日菜乃さん(2年)は、「登場人間の背景が分かり、発想が広がると思って」。中野葉奈さん(1年)は「質問が多くてびっくり。それだけ発表を真剣に聞いてくれたんだと思うと嬉しい」。仲間から「チャンプ本に選ばれると思ったのに!」と突かれつつ笠間康太さん(3年)は、「悔しさ以上に楽しかった。仲間と協力したからアイディアも浮かんだと思う」。
授業を振り返って辻村さんは、「架空本のバトルなんて無理じゃないか。そう思った大人もいたと思う。でも、中学生の力を見くびってはいけないと、改めて感じました。
とにかく私自身が楽しませてもらった、彼らはビブリオバトルのプロです!」。