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「天皇と軍隊の近代史」書評 更新続ける通説 なお残る難題

評者: 呉座勇一 / 朝⽇新聞掲載:2020年01月11日
天皇と軍隊の近代史 (けいそうブックス) 著者:加藤陽子 出版社:勁草書房 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784326248506
発売⽇: 2019/10/19
サイズ: 20cm/365,9p

天皇と軍隊の近代史 [著]加藤陽子

 世間では「過去は変わらないのだから、歴史は暗記ものだ」という印象が強い。受験勉強の名残だろうか。しかし歴史学界では新しい研究成果が不断に生み出され、通説は日々塗り替えられていく。作家や評論家がしたり顔で語る史論が、学界ではとっくの昔に否定された説に依拠していることも珍しくない。
 近代史においては、歴史像が更新されていくスピードが特に速い。司馬遼太郎の『坂の上の雲』や『この国のかたち』で理解が止まっている人が本書を読んだら驚くだろう。
 たとえば日清戦争については、当時外相だった陸奥宗光の戦後に発表された回顧録『蹇蹇録(けんけんろく)』に引きずられて、日本側が意図的に戦争に持ち込んだとかつては考えられてきた。だが近年の研究では、清国に対する強硬な外交姿勢は開戦決意に基づくものではなく、戦争にはならないという伊藤博文らの根拠のない楽観が背景にあることが解明されている。
 日露戦争に関しても、日本の世論は戦争を支持していたというのが古典的な理解だったが、以後の研究では日本国民のかなりの部分は厭戦的だったことが指摘されている。三国干渉への怒りに燃えた日本国民が臥薪嘗胆(がしんしょうたん)してついにロシアに勝利するという「物語」は日露戦勝後に生み出されたという。
 このように興味深い論点が多数見られるが、やはり最重要なのは表題通り、天皇と軍隊の関係であろう。明治の軍人勅諭で政治への介入を厳しく戒められた帝国陸軍がなぜ昭和期に政治化したのか。「天皇の軍隊」であるはずの彼らがなぜ昭和天皇の非戦の意思をふみにじったのか。これは古くて新しい問題で、昨年邦訳が出たダニ・オルバフの『暴走する日本軍兵士』も同じテーマに挑んでいる。正直なところ、これらの本の説明を受けても私にはまだ釈然としない気持ちが残る。今後も考え続けるべき難題なのだろう。
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かとう・ようこ 1960年生まれ。東京大教授(日本近代史)。著書に『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』など。