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おばあちゃんのおむすび 小池真理子

 父が転勤族だったので、高校時代は仙台で過ごした。食べ盛りの年頃だった。

 朝はトースト、目玉焼き、前の晩の味噌(みそ)汁の残り程度だったから、登校するとすぐにお腹(なか)が空(す)き始める。二時間目の休み時間にはもう我慢できなくなり、購買部に走った。好きだったのは、刻んだキャベツにソースがたっぷりかかったコロッケパン。あんなにおいしいコロッケパンは、その後、食べたことがない。毎日食べても飽きなかった。

 昼は母が作ってくれるお弁当。よく覚えているおかずはウィンナーを焼いたものや玉子焼き、じゃがいもとピーマンのキンピラ、たくあんに白ゴマをふったものなど。ごはんの上には醬油(しょうゆ)がたっぷりしみた海苔(のり)が載っていて、その下にはおかかのふりかけ。美味だった。

 小遣いが入った時だけ、学校帰りに友達と繁華街の裏通りにある安いラーメン屋に入り、味噌ラーメンを食べるのが楽しみだった。そのうえ、帰宅すればしっかり夕食を平らげ、さらに家族が寝静まった後、こそこそと夜食もとっていたのだから恐ろしい。

 同級生に、少し遠い市外から通学してくる女生徒がいた。彼女のお弁当はいつも、ほれぼれするほど巨大なおむすびだった。

 直径十五センチ以上あったかもしれない。しかも完全な球体。海苔が隙間なく巻かれていて、炭団(たどん)のように真っ黒、真ん丸だった。海苔はごはんとぴったりくっついていて、彼女が大きな口を開けてかぶりついても、決して剝がれたりしなかった。

 おむすびはアルミホイルに包まれていた。ひるどきになると、体格のいい彼女は銀色の球体を鞄(かばん)の中から取り出し、机の上に載せる。そして両手を合わせ、いただきます、と小声で言って軽く一礼してから、いともうまそうに食べ始めるのだった。

 今もむしょうに、彼女のおむすびと同じものを食べてみたくなる時がある。しかし、あれこれやってみるのだが、どうしても海苔とごはんが、うまくなじまない。「炭団」にならないのだ。

 彼女の名前も忘れてしまった。どんな家族構成だったのかも知らない。でも、あの大きなおむすびは、彼女のおばあちゃんが握ったものに違いない、と勝手に思っている。

 もともと私は祖父母と縁がうすかった。だからとりわけ、おばあちゃんに憧れる。しわしわの手で、「炭団」のような大きなおむすびを握ってくれるおばあちゃん。おかずはキュウリのぬか漬け。のどかな冬の昼下がり、アルミホイルに包まれたおむすび弁当を開き、熱いほうじ茶でも入れて……仕事が忙しい時には今もそんな妄想をふくらませ、密かに楽しんでいる。=朝日新聞2020年1月11日掲載