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聞かせ屋。けいたろうさん翻訳の絵本「えらぶえほん」 「どれがいい?」の問いかけに「これ!」の声が殺到

文:澤田聡子、写真: 北原千恵美

娘のお気に入り絵本だった原作「You Choose」

——白いシャツにツイードのベスト、眼鏡とハンチングというスタイルに、飴色の大きなトランク。使い込まれたその鞄を開けるとそこには様々な絵本がたくさん——。聞かせ屋。けいたろうさんの職業は「読み聞かせ師」、大勢の親子の前で絵本を朗読して楽しませるプロフェッショナルだ。そんなけいたろうさんが、選書から翻訳まで手がけたのが2003年にイギリスで出版された『えらぶえほん』(絵ニック・シャラット 文ピッパ・グッドハート/講談社)。「どれを選ぶ?」と親子で遊びながら読め、世界で100万部を売り上げたベストセラー絵本だ。

(講談社提供)

 もともとニック・シャラットさんの絵本が大好きで、原作を買って当時2歳だった娘に読み聞かせていたんです。たとえば「どの いえに すんで みたい?」というページにはテント、ツリーハウスにホテル、お城……「なにをたべたい?」のページには、ごちそうからヘンテコな食べ物まで。ページをめくるごとに、いろんな選択肢がカラフルなイラストでびっしりと書き込まれていて、見ているだけで楽しい。まだ上手にお話しできない小さな子どもでも、「これ!」って指をさして親子で一緒に読むことができる。「えらぶ」って面白いことなんだなと実感しました。

 そんなとき、講談社さんから絵本の翻訳のお話をいただいて、候補をいくつか読ませてもらったんですが、正直どれも「うーん、惜しい!」という感じで……(笑)。「この絵本はどうでしょう?」と思い切って『えらぶえほん』の企画を自分で持ち込んだら、「面白いですね」と編集部からOKが出たんです。『まいごのたまご』で絵本の翻訳は経験していましたが、自分が見つけてきた絵本を翻訳するのは初めて。そういう意味でも思い入れのある絵本となりました。

 原作タイトルは『You Choose』。『えらぶえほん』という日本語タイトルは最初から「絶対にこれ!」と心に決めていました。書店にこのタイトルが並んでいるイメージが強くあったんです。タイトルと表紙の絵を見たらみんな手に取りたくなるだろうと、想像してはウキウキしていました。

当時2歳の娘さんがお気に入りで「塗り絵バージョン」まで購入したという原作『You Choose』

日本の読者に馴染む自然な翻訳を心がける

——「きみが いって みたいのは どこ?」「だれと ともだちに なりたい?」「おでかけ するなら どれに のる?」など、シンプルなだけに、翻訳するときはいかに自然で読みやすい文章にするか、頭を悩ませたという。

 まず原書を3冊用意して、文字の部分に紙テープを貼りました。1冊目を思うままにバーッと翻訳してから3カ月くらい期間を置いて、最初の訳を忘れたころに、2冊目を新たな気分で訳し直したんです。3冊目では、過去の訳と比べながら細部をブラッシュアップしていきました。

 英語圏の人たちって絵本を読むときもアドリブが上手なんですよね。「どれを選ぶ?」って聞いた後に「トレイン?」「カー?」って、自然に盛り上げることができる。でも、日本だとちょっとアドリブ任せでは難しいかな、と思って「どれがいい?」という文の後に「ふね? くるま? ひこうき?」など、分かりやすく例を入れています。

 たとえば「おなかがぺっこぺこ! なにをたべたい?/さらだ? ちーず? まじょのすーぷ?」という見開きのテキストは、英語版だと“When you got hungry, what would you eat?”だけなんですよ。右下にある蜘蛛やみみずが入った緑色のスープが「魔女のスープ」だとは原作には一言も書かれていない。でも、下訳をした段階で保育園の子どもたちに読み聞かせをしたら、みんな一斉に「まじょのすーぷだ!」って指をさしたんですよね。こんなふうにところどころに、子どもたちの“生きたことば”を取り入れています。

『えらぶえほん』(講談社)より

——イラストはもちろん、絵本から感じる作者のメッセージも「カラフル」。さまざまなバックグラウンドを持つ人々や文化の多様性が読み取れることも魅力の一つだ。

 行ってみたい場所、住んでみたいおうち、乗り物、食べ物、洋服、動物……男の子も女の子も楽しめる内容ですよね。保育園で読み聞かせをしたら、「ぼくはこれ!」「わたしはこれ!」ってみんなが殺到。なんでもアリ、好きなものを選び放題の自由な雰囲気が子どもの心をつかむんじゃないかな。

 登場するキャラクターは、肌の色も国籍もさまざま。続編の『You Choose in Space』では車椅子に乗った主人公も出てくるんですよ。担当編集さんは原書を読んだとき、「おおきく なったら なにに なりたい?」のページに感銘を受けたそう。女の子が考古学者や科学者、工事の現場監督だったり、男の子がお花屋さんだったり。「男の子向けとか女の子向けとか関係なく、あなたのなりたいものを選んでいいんだよ」という作者のメッセージを感じます。

絵本選びも読み聞かせも大人がまず楽しんで

——夜の路上で大人に向けて絵本を読み聞かせるパフォーマンスから始まり、今では年間160回ほど、絵本講座や講演会を行っているというけいたろうさん。子どもたちに読み聞かせをする親や保育者には「自分が好きな絵本を楽しんで読むことが大事」とアドバイスする。

 短大で保育を学んでいたときに、大好きだったのが絵本の読み聞かせの時間。クラスメートもぼくも、先生が読んでくれるのを楽しみにしていて「あ、大人でも絵本を読んでもらったらうれしいんだな」って思ったんですね。

 それが「聞かせ屋。けいたろう」の活動を始めたきっかけです。読み聞かせって、相手が自分のために声を出して読んでくれている……“for me”の気持ちを感じられるところが、一番いいところだと思うんですよね。

 講演会でよく「どういうふうに絵本を選べばいいんですか」と聞かれるんですが、ぼくの基準は「自分が好きな絵本」。保育士時代も、「この月はこういう行事があるから」「こういう目標があるから」という視点では選んでいませんでした。あとは、子どもが笑っているシチュエーションが思い浮かぶかどうかかな。絵本を読むという同じ時間を過ごすんだったら、自分も楽しくないともったいないじゃないですか。好きではない絵本を無理して読んでも、子どもは鋭いからすぐバレます(笑)。

 だから『えらぶえほん』も、「自分だったらどれを選ぼう?」って、子どもと一緒になって真剣に考えながら読むと面白い。「いや、これじゃないよな」「じゃあ2番目はどれがいい?」なんて、いろいろ話が弾みますよね。『えらぶえほん』を通じて、親子で楽しい時間を過ごしてほしいと思います。