「あの小説をたべたい」は、好書好日編集部が小説に登場するごはんやおやつを料理し、食べることで、その物語のエッセンスを取り込み、小説の世界観を皆さんと共有する記録です。
今回は、向田邦子『きんぎょの夢』を味わいます。
母亡き後、父と妹たちの世話に青春の日々を費やしてきた三姉妹の長女、砂子。六年前に父を亡くしてからは、会社勤めを辞めて有楽町の裏通りでおでん屋を切り盛りしながら、妹たちの親代わりを務めてきました。
ようやく妹たちも結婚や短大進学を経て手がかからないようになってきたころ、砂子は結婚できたらと思える男に出会います。男は常連客のひとり、殿村良介。既婚者であるものの、社内でも「奥さんは悪妻。別れた方がいい」との評判で、砂子は淡い期待を抱きますが……。婚期を逃した女のはかない夢を描いた作品。
「修羅場」を食べる
新聞社の週刊誌編集部で働く良介は、校了日に砂子のおでん屋に夜食の定期便を出前してもらうのが半年ほど前からお決まりとなっていました。メニューはおでんに茶めし、おしんこの3点セット。今回は、そんな砂子の心尽くしの夜食を作ってみました。
ある日の校了日、砂子がいつもの夜食を岡持ちに入れて良介のもとに届けて店に帰ると、見知らぬ中年女性がカウンターの真ん中に座っています。良介の妻、みつ子でした。修羅場の始まりです。
「あ、あたしにお豆腐とスジと大根。いつも主人……この三つなんでしょう」
亭主の好きなものは知ってるわと言わんばかりにマウントをとるみつ子。砂子のおでんのおいしさに、だしの隠し味を聞き出そうとします。
「……こんぶとかつおぶしと……あとはお酒を少しフン発するくらいで……」「フーン。じゃ、うちのと同じだわねえ、どこがちがうのかしら?」
材料や作り方が同じでも、料理はやはり“心”も大事なのではと思わせるみつ子の一言。誰かのために心を込めて作る料理は、美味しさもひとしおです。みつ子の歪んだ愛情とは違う、砂子の良介に対するまっすぐな想いが砂子のおでんの隠し味なのかもしれません。