「小さい世界」極めることが希望
子育てについて人前で話すのは初めてという池田さんが、こう切り出した。「主人公が『自分の世界が小さくなっていく』と感じる描写があります。僕も子どもを1人で世話したとき、何をやってんだろうと思うことがいっぱいあって。日が暮れて泣きそうになったことがある。でも今は、小さい世界を極めることが、自分の深さにつながると希望を抱いている」
山崎さんは「私も友だちが海外でいい仕事をしているのを見るとあせるし、くやしい。でも、みんなが遠くに行くなら、身近な小さな仕事をしてやると思っている」と応じた。友人からもらった「子育ても文学だよね」という言葉が力になっているという。
『リボンの男』では、主人公夫婦の子どもで3歳の男の子が父親のことを「ヒモじゃないんだよ。ヒモじゃなくてリボン」と言う。主人公の妻も「とにかく、ヒモじゃないよ。主夫は素晴らしいよ。家事って経済活動じゃないけど、大事なことでしょ?」。
男性が主に育児を担うことについて、池田さんは「世間は寛容になってきていると思います。育児をしていると、どこに行ってもメチャクチャほめられます。かえって女性の方がたいへんなのではないでしょうか。育児を女性がやるのは当たり前だと思っている人も、まだ多いので」。
山崎さんは「多くの男性の意識は『子育て、やりたい』となっている気がする。でも中小企業だとなかなか育休が取れないし、社会のシステムが進んでいない」と話した。
池田さんは『リボンの男』を読みながら、共感できる描写があると、そのページを折る「ドッグイヤー」をした。例えばこんな箇所だ。「収入は少ないけれど、僕はもともと、贅沢(ぜいたく)は苦手だし、コンビニで買った百円のでかいパンを食べたり、気に入った本を繰り返し読んだり、ユーチューブで面白い無料番組を見たり、近所を散歩したりするだけで幸せになれるから、たくさんの収入は要らないな」
自分は本の上部を折り曲げ、妻のSaoriさんにも本を読んでもらい、気に入った箇所があるページの下部にドッグイヤーをしてもらった。感応する箇所は違っていたという。「交換日記みたいで楽しかった。ぜひ、やってみてください」と聴衆に呼びかけた。
山崎さんは「すてきな本の読み方ですね。そんなふうに読んでもらえて幸せ」と笑顔を見せ、夫との関係について、こう続けた。
「独身のころ、作家で成り上がってやると思っていた。引っ越しは都心に近づいて行きたかったし、賞をもらわないとちゃんとした作家になれないのではないかと。でも、書店員の夫は収入が少なくても、すごく暮らしを楽しんでいた。自分に誇りを持っていればいいと夫に教わった。仕事とは上りつめることではないと分かりました」
子への向き合い方を、山崎さんは「生は絶対的善。生きていることはいいことだと教える姿勢を保ちたい」。池田さんが「お父さんは面白いやつと思われたい。高望みはしません」と話すと、会場から温かい笑いが起きた。(西秀治)=朝日新聞2020年2月29日掲載