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堀部篤史さんが薦める新刊文庫3冊 幻想的で不可解な世界を共有

堀部篤史が薦める文庫この新刊!

  1. 『小川洋子と読む 内田百閒アンソロジー』 内田百閒著 小川洋子編 ちくま文庫 968円
  2. 『装丁物語』 和田誠著 中公文庫 924円
  3. 『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』 花田菜々子著 河出文庫 682円

 頭は人間、体は牛の「件(くだん)」なる化け物の姿で広野に佇(たたず)む「私」。たった3日の命しかない「件」が今際(いまわ)の際に放つという予言を期待する群衆に殺されそうになるも一命をとりとめた私は、呑気(のんき)にあくびを放つ。例えば、初めて内田百閒に出会う現代の若い読者がこの「件」を読んでどのような感想を持つだろうか。意味がわからずサーチエンジンで著者名と作品名を検索するのかもしれない。しかし、そこに答えはない。このような作品に出会った際に必要なのは、正解ではなく、他の読者との共感や共有だ。百閒を敬愛する作家、小川洋子が編むアンソロジー(1)には、各編後に数行の感想が添えられ、読者は幻想的で不可解な内田百閒世界を共有することができる。

 (2)は昨年惜しくも他界したイラストレーター/デザイナー和田誠による装丁論。とはいえ技法を説いた専門的な内容ではなく、錚々(そうそう)たる作家たちとの書物を介した交遊録としても楽しめる。経済的合理性がブックデザインという文化の上位概念に立ってしまってよいのかという疑問から、書籍の裏表紙にバーコードを掲載することに対して反発し続けた著者の「仕事論」としても幅広い読者に手にとって欲しい。

 (3)はタイトルそのままの体験を綴(つづ)ったものだが、家庭という足場を失い、出会い系サイトを介して生活圏のすぐ側(そば)にあるアンダーワールドを徘徊(はいかい)し、再生、浮上するまでを綴る、よくできた映画の脚本のような展開に驚く。=朝日新聞2020年3月7日掲載

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