山口雅也さんの『奇想天外 アンソロジー』にヒントを受け
――45年ぶりに復活を遂げた雑誌「幻想と怪奇」が話題を呼んでいます。「幻想と怪奇」といえば1970年代、紀田順一郎・荒俣宏のお二人が手がけていた伝説の幻想文学専門誌。今なおファンが多いこの雑誌を、牧原さんがよみがえらせた理由とは?
ホラー愛好者として、私もオリジナル版「幻想と怪奇」には愛着を抱いていまして、なんとかもう一度世に出すことはできないか、と長年考えていたんです。十数年前にも「幻想と怪奇」全12号復刻という企画を立てたことがあるんですが、著作権などの事情で実現しなかった。雑誌は書籍よりも関わっている人の数が多いので、著作権で問題が起きると非常に難しいことになります。それでも諦めきれずにいたところ、ヒントを与えてくれる本に出会いました。2017年に刊行された山口雅也さんの『奇想天外 アンソロジー』(南雲堂)です。
――おお、70~80年代、若者に人気を博した雑誌「奇想天外」を、ミステリ作家の山口雅也さんが編み直したアンソロジーですね。
雑誌のタイトルロゴをそのまま使用して、カバーデザインも誌面レイアウトも当時に近い雰囲気を再現している。しかも〈復刻版〉と合わせて、現代作家の作品などを収めた〈21世紀版〉も同時発売されました。山口さんのこだわりと愛が感じられる好企画で、「この手があったか!」と書店で唸りましたね。そしてこの方法なら「幻想と怪奇」も復活させられると思ったんです。幸いにも紀田・荒俣両先生にお許しをいただくことができ、長年の夢であった「幻想と怪奇」復活が現実のものとなりました。
――昨年10月には、オリジナル版の代表作を収めたアンソロジー『幻想と怪奇 傑作選』(新紀元社)が刊行されています。
あの時点ですでに第二次「幻想と怪奇」を創刊することは決まっていました。傑作選を編むのと新たな「幻想と怪奇」を作るのとは当初からワンセットの企画だったんです。
日本ホラー史のマイルストーン、「幻想と怪奇」
――そもそもオリジナル版「幻想と怪奇」を読んだことがない、という方も多いと思います。どんな雑誌だったのか、あらためてご説明いただけますか?
知っている人のほうが少ないですよね(笑)。「幻想と怪奇」は紀田順一郎、荒俣宏という幻想文学紹介の先駆者が、1973年から74年にかけて編集していた幻想文学専門誌です。雑誌といってもアンソロジー的な側面が強く、魔女、吸血鬼、クトゥルー神話など、ホラーの主要なテーマに沿った特集を毎号、組んでいました。ホラーが現代ほど市民権を得ておらず、こっそり楽しむものだった時代、「幻想と怪奇」が読書界に与えたインパクトは計り知れません。日本ホラー史を語るうえでは欠かすことのできない、マイルストーンと呼ぶべき名雑誌ですね。
――私は古本で後追いした世代ですが、牧原さんの「幻想と怪奇」体験は?
私も後追いで、出会ったのは1980年代の前半、休刊から10年後くらいの頃でしたね。当時は高校生でした。その頃はミステリの方が好きで、SRの会(=日本最古のミステリファンクラブ)の合宿に参加したら、古本のオークションに「幻想と怪奇」も出品されたんですよ。第2号、吸血鬼特集のホラーらしくないすっきりした表紙に「面白そうだな」と興味を惹かれまして、落札したのが最初の出会いでした。後日、表紙イラストとタイトルロゴを手がけているのが、女性誌などで人気の原田治さんだと知って驚きました。
――今回の新創刊にあたって、紀田・荒俣両氏からアドバイスや要望はありましたか?
まずはお二人とも喜んでくださいましたね。私がお二人の師匠筋にあたる平井呈一の『真夜中の檻』を文庫化(2000年)した編集者で、そのときからお付き合いさせていただいていることも、プラスに働いたのかもしれません。そのうえで「やるからには過去の再現で終わってほしくない」とのお気持ちもうかがいました。新雑誌の方向性について、何度もメールで意見を交換しました。そのあいだには「幻想と怪奇」という誌名のままでいいのか、という話題も出たのですが、このジャンルの内実をこれほど端的に示した誌名もないので(笑)、踏襲させていただきました。
ホラーは生きる励ましになる
――創刊号巻末には、「第二次『幻想と怪奇』によせて」という牧原さんの文章が掲載されていますね。
今あらためて「幻想と怪奇」を刊行する意義を、自分なりに考えてみたものです。もともとはお二人にお送りした企画書の一部でしたが、紀田先生から「あの文章も収録したらどうか」と御提案をいただきました。確かにひとつの意見表明になるかと思い、収録することにしました。
――「この怖ろしい現実を生きていくために、幻想と怪奇の物語は、私たちにとって必要なものなのです」(「第二次『幻想と怪奇』によせて)。ホラーの存在意義が明確に示されていて、感動しました。
私たちの人生はさまざまな恐怖の連続ですよね。病気に事故、天災に戦争。一人でいるのは不安だし、誰かといるのも怖い。でもそんな現実の恐怖を、人類はフィクションに託すことで受け入れ、克服してきたのではないでしょうか。「お話」にしてしまえば、どんな恐怖も刺激的な素材に過ぎなくなってしまうわけですから。表現のしかたはネガティヴだけど、ホラーは生きることの励ましになる。そしてそれこそが、私たちが怪奇幻想文学を出版し続ける理由になるんじゃないかと思うんです。
ホラー全体の見取り図を示し、読者を増やしたい
――創刊号の特集は「ヴィクトリアン・ワンダーランド 英國奇想博覧會」。19世紀後半のイギリスを取りあげたのはなぜですか?
第二次「幻想と怪奇」創刊にあたって、季刊ペースで最低4年は続けるために、その2倍以上の企画を作りました。その中から、出版社と検討を重ねて、最初にと選んだのがヴィクトリア朝。シャーロック・ホームズが活躍し、科学とオカルトがせめぎ合ったこの時代は、日本にもファンが多いですし、創刊号にふさわしいだろうと決めた次第です。
――そんなに企画があるんですね! ちなみに他にはどんな腹案が?
たとえば、教養ある紳士たちがこぞって怪奇小説に手を染めた1920年代イギリス、ポーの時代を中心にしたアメリカン・ゴシックといったあたりは、早い時期にお目にかけられると思います。ホラーの歴史を大まかでもとらえる場にしていきたい、というのが秘かな狙いですね。ホラー小説の愛読者が少ないのは、ミステリやSFに比べて、ジャンルの概念や歴史が把握しづらいからだと思うんです。だから、「幻想と怪奇」でこのジャンルの「見取り図」を描くことができればいいな、と考えています。
とはいえ、歴史で区切るだけではお勉強のようになってしまうので(笑)、ホラーの代表的なテーマやキャラクターも特集してゆきます。第二号では「狼男」を取りあげるつもりです。
――チャールズ・ディケンズやH・G・ウェルズら有名作家の名作をはじめ、アーサー・マッケンやブラム・ストーカーの未訳怪奇小説、21世紀に書かれた国内外の作品まで、盛りだくさんの創刊号でしたね。
一般にホラーというと怖ろしいもの、グロテスクなものというイメージがありますが、それだけではありません。不思議なもの、奇妙奇天烈なもの、ユーモラスなものもある。文学ジャンルとしてのホラーの広さと奥行きの深さを、感じてもらえたら嬉しいです。オリジナル版の「幻想と怪奇」同様、テーマアンソロジーの統一感と、何が潜んでいるか分からない雑誌特有の面白さを両立させられたらと思っています。新しい書き手も積極的に発掘し、起用していきたいですね。
怪奇幻想文学の読者は、着実に増えている
――荒俣宏さんが学生時代に作っていた同人誌「リトル・ウィアード」について、当時の同人仲間と語り合うスペシャル鼎談「回想の『リトル・ウィアード』」にも驚きました。他の雑誌ではまず読むことができない(笑)、貴重かつマニアックな試みです。
「リトル・ウィアード」は荒俣先生が学生時代、翻訳者の野村芳夫さんらと作っておられた怪奇幻想文学の同人誌。その創刊号は荒俣先生のお手元にも残っておらず、いくら探しても見つからなかったそうです。ところが昨年ひょんなことから発見され、それを機に記念鼎談を収録させていただくことになりました。パンと牛乳を手に、大学の印刷室に一日中こもっていたというエピソードや、平井呈一さんとの思い出など、貴重なお話をたくさん載せることができました。「リトル・ウィアード」創刊号の発見によって、日本ホラー史の空白が一つ、埋められたと思います。
――では、第二次「幻想と怪奇」スタートにあたっての抱負と、読者へのメッセージを。
同じ原書の小説でも訳者によって印象が変化するように、同じテーマやコンセプトの雑誌も誰が作るかで変わってくるものだと思います。オリジナル版「幻想と怪奇」のスタンスは継承しつつ、新しい時代の「幻想と怪奇」を作っていきたいですね。
コミックやゲームで若い人たちのあいだに文豪ブームが起きている中、大人気の『鬼滅の刃』がネットで「泉鏡花と山田風太郎を足した感じ」と評されているのを目にして、とても興味深く思いました。何百万という読者が怪奇幻想的なものに熱中している、とも受け取れるので。SNS上の発言などを見ていても、古典的な怪奇幻想文学に関心を持つ読者が、十代、二十代をはじめに、着実に増えている印象がある。そんな人たちの読書の幅を広げる雑誌でありたいですね。
「幻想と怪奇」というタイトルが気になったら一度手に取っていただきたいし、さまざまなホラーやファンタジーに手を伸ばすきっかけにしていただければ幸いです。