ISBN: 9784106038518
発売⽇: 2020/02/19
サイズ: 20cm/394,4p
ISBN: 9784000613880
発売⽇: 2020/02/15
サイズ: 19cm/261,3p
日本文学を読む・日本の面影/黄犬(キーン)交遊抄 [著]ドナルド・キーン
日本語の美しさに、私は本当に気づいていたか。私たちは日本の文化や文学に誇りを抱き、大切にしているか。グローバル化の波に流され、目先のことにとらわれて長く継承してきた宝物をないがしろにしてはいないだろうか。
ドナルド・キーンという稀有な文学者は、昨年逝去するまで96年の生涯をかけて日本の人々と文化に親しみ、文学を研究し語ることで、私たちにそれが貴重な遺産であることを再認識させてくれた。『日本文学を読む・日本の面影』は、二葉亭四迷から大江健三郎まで49人の作家論と、『源氏物語』からはじまって近代文学、能や俳句、随筆や日記など、様々な角度から日本文学について語った名講義の数々を収録。本書で著者は、想像力の源でもある不完全なものを好み、ぼかしに象徴されるようなあいまいなものを面白がる日本人の特性や美意識について熱く語っている。そして、古(いにしえ)より連綿と続く日本語があったからこそ、日本人のものの見方や美学が継承されたのだと解き明かしてゆく。
『黄犬(キーン)交遊抄』も交遊録やエッセー、講演録をまとめたもの。こちらは写真入りの洒落(しゃれ)た本で、著者の素顔にふれられて楽しい。安部公房氏や丸谷才一氏らのユーモアに著者は最大の賛辞を表しているが、本書の表紙に描かれた黄色い犬のイラストが、日本の墓は寂しいから自分は愉快な墓にしたいと子供の頃に可愛がっていた犬を自らデザインさせた墓の刻印だということからも、著者自身が茶目っ気たっぷり、ユーモアを解する人物であったことがよくわかる。
著者の真骨頂は何歳になっても衰えない好奇心と知識欲だろう。「私は自分の心を一枚の紙と思う時がある。新しい知識を得れば、それを心のどこかに書き留めるのだ」と記し、「どれほど書き続けてもまだ余白がある、そんな紙のような心を持ちたい」と。
本書には養子のキーン誠己氏のエッセーも添えられている。二人の出会いから心を通わせてゆくさま、日々の暮らしの中の姿は微笑ましく哀愁がただよっている。「愛想よく笑顔でふるまうマスコミにもてはやされた頃の父」は「本当の僕ではない僕」だったとキーン氏は述懐していたそうだ。背中を丸めて自分の墓を見つめている姿を見て、「父は何を考えていたのだろう。何を祈っていたのだろう。その姿はあまりにも哀(かな)しかったが、同時に神々しくもあり、またこの上もなく美しかった」とつづるくだりは、柔和な人の孤独な旅路を浮き彫りにしているようではっとさせられる。
日本を心から愛してくれた著者の思いに、応えるのは私たちだ。人と人、人と文学――出会いが愛(いと)おしくなる二冊。
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Donald Keene 1922~2019。米国生まれ。日本文学研究者、コロンビア大名誉教授。『源氏物語』と出会い、日本文学の研究に打ち込む。『百代の過客』、『日本文学の歴史』全18巻、『明治天皇』など。