1. HOME
  2. インタビュー
  3. 偽の系図や由緒書…まちの文化財に!? 江戸期作成の「椿井文書」研究が本に

偽の系図や由緒書…まちの文化財に!? 江戸期作成の「椿井文書」研究が本に

現在の京都府井手町の12世紀半ばの景観を描いたとされる絵図の写し。原画は「椿井文書」と推定されている=京都府立京都学・歴彩館蔵

 近畿地方の広い範囲で、旧家の系図や寺社の由緒書(ゆいしょがき)、村の絵図など、江戸時代後期に中世のものとして偽作された多数の文書(もんじょ)が、自治体の出版物などに本物として紹介されていることが分かってきた。馬部(ばべ)隆弘・大阪大谷大学准教授(日本中近世史)は、近著『椿井(つばい)文書――日本最大級の偽文書』(中公新書)で、歴史学研究の現状に警鐘を鳴らしている。

 馬部さんは大阪府枚方市の非常勤職員だった2003年、同市内の城郭について調べる中で、江戸時代にその場所の支配権をめぐる村同士の争いが起きており、一方が根拠とした中世の古文書が偽書であることに気づいた。偽文書を村に提供した南山城(京都府南部)の椿井政隆(1770~1837)という人物を調べていくと、彼が山城や河内(大阪府東南部)、近江(滋賀県)の村同士の争いがある場所に出没し、村人らの求めに応じて中世の古文書やその写本を大量に偽作していたことが分かってきた。

 政隆は争いごとのある地域に目をつけると、一方の主張に沿った歴史を設定し、それを裏付ける地域の古い神社や寺院の由緒書を作成。そこに登場する人々らの系図も次々と偽作した。さらに、人々が署名を連ねた連署状や、古代・中世の景観を描いた絵図など、互いに関連する地域の史料を丸ごと偽作して、信憑性(しんぴょうせい)を高めようとした。

 馬部さんによると、1960年代以降に、近畿地方で刊行された30以上の市史・町史で、椿井文書が中世史料として紹介された。その一部は市町の指定文化財になり、一般向けの出版物や、現地の案内板などにも使われている。

 馬部さんは「椿井文書の実物を見れば、偽書と見抜くことは難しくないが、市史や町史で活字化されると、偽書とは気づかれにくくなってしまう。また、おかしいと気がついても、すでに地元で広く使われている実態を見て、見ないふりをしてきた研究者もいるのでは」と指摘する。一方、政隆が偽書作りで報酬を得たことを示す文書は一通しかないことから、「動機は金ではなく、歴史の空白部分を埋めることだったのでは。その手段はよくないですが、歴史研究者として心情を理解できる部分もあります」とも話している。(今井邦彦)=朝日新聞2020年4月1日掲載