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「戦争とは何か」書評 理論とデータで予測にも挑む

評者: 呉座勇一 / 朝⽇新聞掲載:2020年04月04日
戦争とは何か 国際政治学の挑戦 (中公新書) 著者:多湖 淳 出版社:中央公論新社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784121025746
発売⽇: 2020/01/20
サイズ: 18cm/201p

戦争とは何か [著]多湖淳

 なぜ戦争は起こるのか。戦争をなくすことはできないのか。イマヌエル・カントの『永遠平和のために』に見られるように、これらは人類にとって最大の課題だろう。だが、ともすれば情緒的な議論に傾きがちなテーマでもある。
 けれども、今日の国際政治学では、理論とデータに基づいて戦争を研究する方法論が確立している。それは、過去の戦争と平和の事例をリスト化し、そのサンプルから母集団の真の値を推定する統計学の手法である。つまり「戦争を確率でとらえる」のだ。
 透明性の高い手続きでデータが分析され、分析の質や内容を他の研究者が再検証できる形の「エビデンス(証拠)」が提示される。エビデンスを備えた科学的な戦争研究は、他者による批判を通じて改善され続け、戦争と平和をめぐる一般的な傾向の把握を可能とし、ひいては戦争の予測さえも現実的なものにしていく。
 本書は一般にはあまり知られていない国際政治学の最先端の議論を紹介する優れた入門書である。
 論点は多岐にわたるが、個人的には、民主的平和論をめぐる研究の蓄積が興味深かった。これは、民主主義国家同士の間では戦争は起こりにくいという主張である。正直に告白すると、民主的平和論は理想論というか、ある種の願望が入っているのではないかと評者は疑わしく思っていた。ところが、民主主義国のペアに顕著な戦争抑制効果があることはデータ的に裏付けられ、そのこと自体に対する異論は今では存在しないという。
 この点を踏まえれば、日韓関係に横たわる諸問題を平和的に解決できる希望がわく。しかし、領土問題に限れば民主的平和論は成り立たないという学説もあり、楽観できない。
 憲法9条を持つ経済大国日本を一般的な議論で説明できるのかという疑問も残る。著者の研究の更なる進展に期待したい。
    ◇
 たご・あつし 1976年生まれ。早稲田大教授(国際社会科学)。著書に『武力行使の政治学』など。