「俺の歯の話」書評 〝不純〟な手法 文芸の核心
ISBN: 9784560097380
発売⽇: 2019/12/28
サイズ: 19cm/214p
俺の歯の話 [著]バレリア・ルイセリ
自分は世界一の競売人だと名乗る男がいる。
名前をグスタボ・サンチェス・サンチェスという。
まるでゴーゴリの『外套(がいとう)』におけるアカーキイ・アカーキエヴィッチみたいな名前である。
このグスタボは世界中の珍しい歯の一大コレクション(偽物)を持っており、これから史上稀なる歯のオークションを始める。
メキシコ人女性作家の『俺の歯の話』はそんな風に進み、限度を超えた知的なホラ話が次々に羅列されていくのだが、その文のあちこちにラテンアメリカ文学が陰で持っている現代芸術性とでも言うべきものがちりばめられている。
ダダイズムやシュールリアリズム、そして精神分析による夢の論理といった二十世紀的なモダンがかの国々の土俗性と混交したところに彼らの新しさ、ユーモア、残酷さがあるのだ。
例えば本書にも出てくるスペインのビラ=マタスなどはその実験性の象徴であり、フランスのレーモン・ルーセルが無意識的な営為へのエールとして名を書き込まれるあたりにも、太い水脈が感じられる。
あとがきによると、そもそもこの小説はギャラリーからの依頼で書き出されたもので、ギャラリーを経営しているのはジュース工場を持つグループである。そこでルイセリは工場労働者のための小説を少しずつ書き、彼らに朗読させた。
朗読の様子はテープに録音され、作者によって聴かれ、そこで次章が書かれたそうだし、「工員たちの私的な発言」が小説のもとになったのだそうだから、あらかじめこの作品は作家の純粋な創作ではないのだ。(ディケンズ+MP3)÷(バルザック+JPEG)と作者自身が手法の秘密を魅力的な数式で語っている通りである。
がしかし、こうした〝不純〟さこそが小説という文芸ジャンルの核心だったのであり、詩との差異を示す。こうした先祖返りが繰り返せる文学の土壌に憧れる。
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Valeria Luiselli 1983年、メキシコ生まれ。作家。コロンビア大で比較文学を学ぶ。2018年度、米国図書賞受賞。