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「憲法解釈権力」書評 内閣・首相らの「遵守の型」追究

評者: 石川健治 / 朝⽇新聞掲載:2020年05月02日
憲法解釈権力 著者:蟻川恒正 出版社:勁草書房 ジャンル:憲法

ISBN: 9784326451210
発売⽇: 2020/02/18
サイズ: 20cm/310p

憲法解釈権力 [著]蟻川恒正

 あらゆる公権力担当者の権限行使の前提には、必ず自己の権限についての「解釈」が介在する。授権規範の内容を決めるのは、その直接の作り手が込めた主観的意味ではなく、より上位の規範をも視野に入れた法体系全体であって、かかる客観的意味を読み取るためにも、「解釈」の営みは不可欠である。けれども、国内法上その解釈を枠づける上位規範のない憲法を、立法・行政・司法の頂点にたつ人間たちが自己解釈するとき、「解釈」作用に含まれた「権力」性の契機は極大化する。「憲法解釈権力」とは、その謂(いい)である。
 最終的な合憲性判定権をもつ最高裁判所が審査を放棄する「統治行為」の場合には、憲法解釈権力は統治の中心である内閣に移動し、とりわけ「安倍一強」の構図のもとでは、首相がその総攬(そうらん)者としての自意識を抱いた。他方で、立憲主義とは公権力担当者の自己拘束の思想であり、内閣では内閣法制局という「『理屈』の役所」がそれを担保する役割を担ってきたが、集団的自衛権に関する「政治的意見」を通すために「理屈」が破壊されて今日に至る。しかし、本書が呈示する「憲法遵守の型」と、ドウォーキンの意味でのプロテスタント的な法解釈方法論とは、各レベルでそのつど「解釈」を行う「個人」のなかに、抵抗(プロテスト)の拠点を見いだす。
 「義務を果たしたかは、誰が見ていなくとも、当該個人自身がわかっている」
 そのために、「公権力担当者によって産み出される広義のテクストの細部から、公権力担当者が憲法を遵守することについてのあらゆる痕跡を採取し」、それらを丁寧に文脈から引き剝がして分析した後、再び文脈に送り返して「憲法遵守の型」を再構成し、これにより憲法の最高法規性を公権力担当者の法解釈行動の次元で確保すること。本書を貫く鞏固(きょうこ)な実践的意図はそこにある。痕跡というデリダ的概念の使用が、現下の問題状況を超えた射程の拡がりを示唆している。
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 ありかわ・つねまさ 1964年生まれ。日本大大学院法務研究科教授。憲法学。著書に『憲法的思惟(しい)』など。