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「あしたの地震学」書評 「想定外」避け予想規模が巨大に

評者: 黒沢大陸 / 朝⽇新聞掲載:2020年05月09日
あしたの地震学 日本地震学の歴史から「抗震力」へ 著者:神沼克伊 出版社:青土社 ジャンル:地球科学・気象

ISBN: 9784791772599
発売⽇: 2020/03/23
サイズ: 19cm/238p

あしたの地震学 日本地震学の歴史から「抗震力」へ [著]神沼克伊

 切迫していると地震学者が力説する地震が起きていないのはなぜか。
 地震学者らの発言の変化に疑問を感じる著者が、地震研究史を振り返りつつ、政策とのかかわり、研究者のあり方を考えていく。
 人間の一生に比べて、地震のタイムスケールは長く、しかも地下深くに観測網を敷けない。天気予報のような理論も確立されていない。百年余りの歴史を振り返ると、「『大地震の予知、予測』の面では、ほとんど進歩がない」のだ。
 にもかかわらず、社会の関心が高く、学者たちの発言は注目を集める。人目を引く「研究成果」をまとめれば、学界で検証をされていなくても社会に伝わる。裏付けに欠ける持論を力説する立派な肩書の学者もいる。研究者が防災を強く語り始めると、科学と啓発との境界が見えにくくなる。
 それを一般の人々が選別するのが難しいだけに発言は重い。「自説の発表には厳しい自己管理が要求される」と戒める。報道する側も省みなければならない。
 マグニチュード(M)9に見舞われた東日本大震災後、南海トラフのM9の予測は「かなり無理をして」作られた。かつては巨大な地震の予測は対策が必要になることで嫌われたが、いまは「想定外」を減らして事後に責任を免れようと、予測の規模が大きくなっている。千年に1回の極めて珍しい超巨大地震から頻繁に起きる中規模の地震までが同様に発生する感覚で注意喚起されることは疑問で、著者は「M9シンドローム」と呼ぶ。
 政策立案に科学が必要なとき、知見が十分でない分野は、政治家や役人が望む方向に進められるよう科学的結論を合わせることも、科学的事実のつまみ食いもできる。結果、政策判断の責任の所在がぼやける。
 著者は不安をあおるよりも、大地震でも生き延びることを目的とした「抗震力」を提唱、住宅の点検や身につけるべき知識などの対策を示している。
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かみぬま・かつただ 1937年生まれ。国立極地研究所名誉教授(固体地球物理学)。著書に『地震の教室』など。