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柚木麻子さんに女子校受験を決意させたエニド・ブライトン作品 集団生活でパワーアップする女の子たち

 同世代の女性作家の作品を読んでいる時、この人もしかして、エニド・ブライトンが好きなんじゃない? とピンとくる瞬間がある。本人と親しくなったタイミングで、「あんた、マロリータワーズ学園のもんか?」と恐る恐る尋ねると、ニヤリと笑われ「あんたはセント・クレア出身とみたぜ」みたいに、ノッた応えが返ってきたりする。
エニド・ブライトン(正確にはイーニッドと発音するらしい)は1897〜1968年のイギリスの児童文学作家で600冊以上の著作があるらしいが、日本では「すてきな女の子が読んでいる」のキャッチコピーと80年代らしいファンシーな装丁が目を惹くポプラ社文庫シリーズで知られている。いずれも40年代のイギリス寄宿舎学校を舞台とした少女小説だ。小学生の私はむさぼり読んで、中学は女子校以外考えられなくなって受験を決意したほどである。

 一番有名なのがアニメ化もされたクレア学院の「おちゃめなふたご」、同じく田村セツコがカバーと挿絵をつとめたせいで古本価格高騰中のマローリータワーズ学園「はりきりダレル」が次点、比較的通好みなのは男女共学のホワイテリーフ学園「おてんばエリザベス」だろうか。いずれも問題を抱えたヒロインが寄宿舎生活を通じて、友情や責任感に目覚め、素敵な女の子になる物語である。ここでいう「素敵」の定義ははっきりしていて、勉強とスポーツ両面に優れ、弱いものいじめを絶対に許さない、人望あるリーダーになることだ。ふたごはそろって生徒会長、ダレルは級長、エリザベスは代表委員を任されるまでに成長している。ゴリゴリの成果主義ではあるが、可愛い、愛され、になんの価値も見出さず、実績と信頼のみ評価されぐんぐんパワーアップしていくストーリーは、第二次性徴を迎えて学校でモヤモヤすることが多い私には、自分がそれをやれるかやれないかは置いておいて、非常に痛快だったのだ。女の子たちが集団生活を経験することで、それぞれの家庭環境、格差や文化の違いを知って、他者へのいたわりをまなんでいくのも醍醐味だ。ラクロスの試合、乗馬、お茶の時間、寮母先生の目を盗んでの真夜中のパーティーでは缶詰が大人気、といった生活様式にもときめいた。

 世界観は共通しているが、作品による棲みわけは明確にある。ハロプロでいえば「おちゃめなふたご」はモーニング娘。’20、「はりきりダレル」はアンジュルム、生徒が低年齢の共学「おてんばエリザベス」は、男の子役が存在する新星BEYOOOOONDSといえばわかりやすいだろうか(Juice=Juiceやつばきファクトリーも好きだけれど、ブライトン・ワールドではない気がする)。全シリーズを合計すると膨大なキャラクター数なのにいつの間にか一人残らず覚えてしまう仕組み、思いがけないペアが寮で同室になったり、授業の課題で協力せざるを得なくなるくだりもシャッフルユニットめいた楽しさがあって、ハロプロに似ているかもしれない。「おちゃふた」はふたごが成長するにしたがって新キャラクターにスポットがあたりどんどんセンターが入れ替わるスターシステム、「ダレル」は女の子同士の人間関係のこじれや苦い感情といったものも多く描かれどちらかというとそれぞれの欠点は個性として持ち越されていく傾向にあり、「エリザベス」は共学なのに異性愛はまったく描かれず、生徒達が選んだ代表委員が組織する児童会によって、民主主義が追求されていくプロセスが最大の見せ場だ。

 間違いなく私の趣味嗜好を決定付けた大好きなシリーズだが、今読むとこれはちょっと…という箇所も少なくない。まず、生徒による完全自治の深刻な弊害「気に入らないやつガン詰め問題」だ。例えば、偉そうな上級生をギャフンと言わせるために、お茶の支度を頼まれた下級生がアンチョビペーストをすり替え、靴クリームを塗ったトーストを食べさせるシーンがある。絶対にダメなやつだ! しかし、顔をしかめてトーストを吐き出し寮母さんにまずい薬を飲まされて目を白黒させる程度、そもそもターゲットが嫌われているからコミカル扱いでおとがめなし。先生へのいたずらも度を超えていて笑えない時があるし、改心の余地もないほどの性根の腐ったヒール女子というものが存在し、みんなで力を合わせてこらしめることに迷いが一切ない。更生のチャンスがないまま最終的に退学になることもままあるのだ。

 さらに英国作品からイギリスの階級意識を読み解く名著・新井潤美作「不機嫌なメアリー・ポピンズ」でブライトン作品は「生徒の階級意識や、アメリカ人やフランス人への偏見(中略)などが露骨」と苦言も呈されている。確かに海外からきた生徒がわかりやすくトラブルメーカーなのも、ブライトンあるあるだ。このあたり、子供だったので、ほとんどひっかからずに読み通していたのは反省がある。しかし、「おちゃめなふたご」シリーズを通じて、もっとも魅力に描かれているのが、フランス人教師「嘆きのマドモワゼル」の姪であるバッドガール、クロディーヌだったりもするのである。

 さて、ブライトンを読みふけり、中高は女子校に進んだ私ではあるが、思っていたのとはだいぶ違っていた。制服もなく成績もはり出さず、厳しい規律というものがまったくない、のんびりした校風だったのである。もちろん、楽しいことは楽しいし、勉強が苦手な私はおおいに助かったのではあるが、伝統やルールに満ちた寄宿舎生活の中で育まれる女の子同士の絆への憧れは消えなかったのである。大学ではフランス文学を専攻するが、卒論テーマは「文学作品にみる修道院の機能」としつこかった。

 さて、昨年の冬、私は思いがけない場所でブライトン・ワールドに触れることになる。氷室冴子青春文学賞の選考委員をつとめることになったため、氷室さんの母校、北海道の藤女子大学を取材する機会に恵まれた。同じ敷地内には中学校・高等学校もあり、なんとあの「クララ白書」のモデルにもなった寄宿舎が存在するのである。学校関係者のご厚意で、十代の生徒たちがシスターの指導で生活している様子を、玄関からほんのすこしだけ見学させていただくことが叶った。ドアを入ってすぐの場所に手作りらしいオーナメントに彩られた可愛いクリスマスツリーが飾られている。ちょうど夕食どきでいい匂いがして、寄宿生達がシスターに見守られる中、一列になって食堂に向かっていく様子が見えた。興奮して我を失った私が、思わず雪だらけの長靴で踏み出そうとしたら「あら、土足で上がらないでくださいね」とシスターにたしなめられたことも含めて、あれは非常にブライトン的体験だったと思うのである。