道脇のわずかな土の隙間から顔を出している小さなみどり。ふと目についてよく見ると花が咲いている。意外とかわいい形だな。その隣の白いのはまた少し違うようだ……。そう思った矢先、立ち止まっていた信号は青に変わり、忙しい人々はそれっきり足元の花のことなど忘れてしまう。本書はそうして見過ごしている花々の美しい実体を最新の撮影技術と超マクロレンズを駆使して微細に写し取り、平易に解説した図鑑である。
私事で恐縮だが、筆者は本書の出版社の出身で、入社したての頃、昼食の帰りに街路樹に奇妙なキノコを見つけた上司が、やおらポケットから高性能ルーペを取り出し、ふむふむこれはおそらく何々だな、しかし確認してみなければと採集して編集部に持ち帰ったのを見て、こんな大人(会社員)が社会には存在するのかと驚き、自分が入り込んでしまった世界に愕然(がくぜん)とした経験をもつのだが、こうした飽くなき好奇心と探究心こそが、人にこれまでにないものを作らせるのである。
小さな花にもそれぞれに精巧な構造があり、その異なる構造が生態に直結しており、それがまた妙なる美しさを引き出すという発見の喜び。まさにミクロコスモスがすぐそばで展開している。この本を眺めた後は、ただの雑草としか認識していなかった植物に足を止め、顔を近づけて観察したくなるだろう。
通常の図鑑では植物名はカタカナ表記が一般的で、ともすれば呪文のごときその名が覚える上で妨げになるが、本書のように漢字表記だと名の由来と背景が理解しやすく、覚えやすい。草も人と同じで顔と名前を覚えられれば、歩く道々季節ごとに知り合いが増えたような心地になるものだ。花の実物大や植物全体の写真が添えられているのも判別の助けになって嬉(うれ)しい。
身近な世界も角度を変えればこんなにも美しく、おもしろい。見えていなかったものが見えてくる。それはなにも自然だけに限らないけれども。=朝日新聞2020年5月16日掲載
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山と溪谷社・1760円=10刷3万6千部。2018年2月刊行。図鑑ながらビジュアル本や話題書のコーナーに置かれ、「女性客に支持された」と担当者。ヒットを受け続編も。