終わりの見えない全力疾走――。ひとり親の子育ての切実さを、関西弁のユーモアにくるんで描いた小説『うめももさくら』(朝日新聞出版)を読むと、そんな言葉が思い浮かぶ。作者の石田香織さん自身もシングルマザー。「ひとり親だけでなく、『助けて』と言えない人たちみんなの物語を書きたかった」と話す。
兵庫出身 実体験も播州弁も交えて
神戸を思わせる街で暮らす主人公「ママ」は、同い年の夫と共働きで長女のさくらを育てていた。だが、次女のうめを妊娠中に夫が失踪。離婚して手取り十数万円のコールセンターで働きながら、一人で幼い娘2人を育てる泣き笑いの日々が描かれる。
出勤前のバタバタの朝、頭が痛いと訴えるさくらに「え、今?」とつい口に出してしまい自己嫌悪に陥るママ。やはり2人の娘を育ててきた作家の実話という。「娘は『保健室で寝るからいい』と、そのまま学校へ。うわーっ、と自分を責めました。貧乏も、子どもにさみしい思いをさせるのも自分のせい。そう思い詰めているひとり親は多いと思います」
文芸賞の最終候補に残った『きょうの日は、さようなら』(河出書房新社)で、2017年にデビュー。作家の佐伯一麦さんからは「生き難さを抱えた人々の実感に即した言葉を、作者が元手をかけて拾い集めた手応えがある」と評された。
兵庫県加古川市出身。家庭環境に悩み、中学校は不登校のまま卒業。演劇の世界に飛び込み、イッセー尾形さんの一人芝居を手がけた演出家、故森田雄三さんと出会った。
2人1組の即興芝居のワークショップで、組んだ相手の性別や年齢から、母と娘のような役柄を当てはめてセリフを口にすると、森田さんは「はい、だめ」。目の前の相手を一人の人間として見つめ、「自分にうそのない言葉」でセリフのやり取りができるまで許されなかった。
「助けて」言えず思い詰め…痛みもユーモアで包む
今作でも、妻の不倫に薄々感づきながら「べっちょない(播州弁で「大丈夫」)。許すっちゅーのは、人生で一番大きな冒険や」と語る主人公の父親をはじめ、痛みをユーモアに包んだセリフが際立つ。
〈少し立ち止まると、もう走れない。走れなくなるとその瞬間に自転車操業は崩壊する/選択肢なんてない、とママは頑(かたく)なだった〉
限界まで働いても、給料日前にはキャッシングに頼らざるをえない主人公。出口の見えない苦境にあっても、どうしても「助けて」と声を上げられない。
「自分で結婚して、自分で離婚したんやろ」。ひとり親は周囲からそう言われるうち、「自己責任」を問う声を自分自身に向けるようになるのだという。「非正規雇用もそう。『自分で選んだのやろ』と言われますが、本当にそれしか選択肢がないこともあります」
作家自身、非正規職員として、障害者支援施設で働く。新型コロナウイルスによる自粛で、給料は3割目減りした。電気料金が払えるか不安を口にすると、有給休暇のある正規雇用の同僚に驚かれたという。「悪気はなくて、ただ知らないだけなんです」
そんな人たちに向けて、自宅の窓を開け放ち、ひとり親家庭の暮らしをのぞいてもらうつもりで書いたという。
「『かわいそう』ではなく、『こんな人たち、おったんや』でいいんです。少しでも『助けて』と声を上げやすくなる一歩になれば」(上原佳久)=朝日新聞2020年5月20日掲載