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「校歌の誕生」「音楽文化 戦時・戦後」 情感に訴え動員する危険と魅力 朝日新聞書評から

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2020年05月23日
校歌の誕生 著者:須田 珠生 出版社:人文書院 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784409520826
発売⽇: 2020/04/08
サイズ: 20cm/220p

音楽文化戦時・戦後 ナショナリズムとデモクラシーの学校教育 著者:河口 道朗 出版社:社会評論社 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784784517480
発売⽇: 2020/04/10
サイズ: 19cm/279p

校歌の誕生 [著]須田珠生/音楽文化 戦時・戦後 ナショナリズムとデモクラシーの学校教育 [著]川口道朗

 今春からのNHK連続テレビ小説「エール」の主人公のモデルは、「六甲おろし」や「モスラの歌」など、人々に愛され歌い継がれる曲を残した作曲家の古関裕而氏である。古関氏や、その先達である山田耕筰氏など、戦前から戦後にかけての著名な音楽家らは、多数の学校の校歌も作曲している。
 我々にとって校歌といえば、在学していた学校・大学のシンボル的な意味を持ち、行事などで繰り返し斉唱したことで卒業後も記憶に残る歌のことを意味している。しかし、もともと校歌とはそのようなものではなかったのだ。『校歌の誕生』は、校歌が日本社会にいつどのように登場し、なぜ変遷をとげてきたのかを、豊富な一次資料によって解明している。
 明治期の学校では、教具や教材の不足により、「唱歌」「奏楽」の科目は実施が必須ではなかった。その代わり、祝日大祭日の学校儀式では、唱歌を合唱することが文部省令によって定められていた。現在も入学式や卒業式での歌の練習に学校が多くの時間を割いているのは、ここに起源がある。
 その儀式で歌う唱歌には文部省の認可が必要とされた。巷(ちまた)の歌は「淫猥卑蛮(いんわいひばん)」で儀式に適さないとみなされていたからである。当初学校が認可を求めたのは軍歌だった。しかし20世紀に入ると校歌の認可が明確に増え始める。それも、初期には地域内で複数の学校が同じ歌を校歌としていたものが、各学校の校訓や自然環境など独自性を出すようになる。そして著名な音楽家や文芸家に作曲・作詞を依頼することで自校の威信を高めようとする風潮に火が付く。さらには校歌を学校だけでなく地域でも歌うことで、郷土愛や共同体意識を醸成しようとする運動にもつながってゆくのである。
 『音楽文化 戦時・戦後』は、より視野を広げて、1920年代から敗戦後にかけての国家・音楽・教育の関係をたどっている。
 戦時下において国家は、一方には実際の戦争における効用のために、他方には国民の思想的統一のために、音楽を最大限に活用した。爆音から敵機の種別を聞き分けるための音感教育、「愛国運動」「国民精神総動員」のための「音楽週間」などが、学校を舞台に繰り広げられる。戦後は反転して、民主化や労働運動のための音楽運動が勃興し、学校での音楽教育も苦しみつつ再編されてゆく。
 人々の情感に訴えかけ集団へと巻き込む働きをもつ音楽は、その時々の権力や意図によって翻弄(ほんろう)され簒奪(さんだつ)されてきた面を持つ。馴染みのある歌の楽譜や歌詞もちりばめられているこの2冊の本の助けを借りて、音楽の過去と現在、その危険と魅力について、思いを馳せてみてはいかがだろうか。
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すだ・たまみ 1990年生まれ。京都大人文学連携研究者▽かわぐち・みちろう 1936年生まれ。東京学芸大名誉教授。音楽教育史学会代表。日本女子大教授などを歴任。著書に『音楽教育の理論と歴史』など。