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「教養の書」書評 雑談・ギャグちりばめ縦横無尽

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2020年05月23日
教養の書 著者:戸田山和久 出版社:筑摩書房 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784480843203
発売⽇: 2020/02/29
サイズ: 19cm/414p

教養の書 [著]戸田山和久

 誰しも歳をとるにつれ自然に経験も知識も豊富になる。でもそれらをひけらかすのは教養が邪魔をする。さて教養とはなんだろう。
 この難問を前に、あえて羞恥心(しゅうちしん)を捨て心安らかに教養論をぶとうと決意した著者は偉い。おかげで本書は、高知のひろめ市場(新橋のガード下に対応)で朝から呑んだくれているおじさんが人生の薀蓄(うんちく)を伝授しているかの如き書きっぷり。
 言うまでもなく、すでに教養溢れる方にはお勧めできない。一方で、向学心に燃えた高校生・大学生諸君なら絶対読んでおくべきだ(でも若者は新聞書評欄など読んでいないかも)。
 著者と同い年の私は端々にちりばめられた雑談とギャグを不覚にも堪能してしまったが、拒否反応を示す人も多かろう。感動的な説明をしては「ドキッとしたろう。正直に言いたまえ」と脅し、意地悪な質問に騙されたであろう読者には「隠さずに白状しなさい」と強要する。教養に邪魔されない教養人をあえて演じているに違いない(多分)。
 勉強するのは人間になるためだとサンデー先生が喝破する名作「ひょっこりひょうたん島」。無知でいることの幸せを失ってまで真理を選ぶ意味があるかを問う映画「トゥルーマン・ショー」。人々をアホにするために本そして言語を奪いとる社会を描いた小説『華氏451度』と『一九八四年』。これらに代表される題材の選び方がいずれも秀逸だ。
 教養の前提たる知識の意義、ベーコンの四つのイドラ、認知心理学、歴史を学ぶ理由、批判的思考、さらには文章の書き方に至るまで、幅広いテーマを縦横無尽かつ刺激的に提示するのが著者の真骨頂。頭が柔軟な若者でないと消化不良をおこす可能性すらある。
 おかげで私は、無知の無知の知(無知を自覚していないことを知る)を獲得できた。大学入学時にこの本に出会っていたら、血迷って著者の如く教養ある哲学者を目指していたかもしれない。危ない危ない。
    ◇
とだやま・かずひさ 1958年生まれ。名古屋大教授(科学哲学)。著書に『知識の哲学』『恐怖の哲学』など。