現代への警鐘といえる近代史の必読書2冊
子供の頃は、多くの人がそうだったように「ファーブル昆虫記」「シートン動物記」「シャーロック・ホームズ」シリーズなどに親しみました。若い時分は同郷の司馬遼太郎の作品群や、「三国志」などの中国史、それから村上龍や村上春樹といった人気作家の作品、ドラッカーやポーターなどの経営論も人並みにかじりました。
ある時から意識的に読むようになったのは、近代史です。数でいうと半藤一利さんの作品を随分読んでいます。日本が戦争に突き進む過程をつぶさに記した『昭和史』は、現代への警鐘として読むことができます。熱狂に流されやすい国民性や、組織の権益を最優先するエリートの振る舞いは、今もなんら変わっていません。ノモンハン事件にしてもインパール作戦にしても、いかに無謀だったか。本書を読むと、戦時の大陸の情勢もよくわかります。藤田学園では医療インバウンドなどを通じて中国の大学や企業との関係が深まっており、私の中国出張も増えています。そうした意味でも近代史をよく知っておきたい。日本の学校教育は近代史の授業が駆け足で終わることが多く、読書で知識を補う必要性を感じます。日本軍の組織的欠陥を指摘した『失敗の本質』も必読の書だと思います。
私は長く医師を務めた後、2009年に当大学病院の病院長を任されました。初めて組織運営を担うにあたり、教科書となったのが丹羽宇一郎さんの著書群です。丹羽さんは、伊藤忠商事の社長に就任後、約4000億円もの特別損失を処理して業績のV字回復に成功しました。私が病院長に就任したのはリーマン・ショック直後の経営環境が厳しい時期でしたので、丹羽さんの著書に励まされ、その人生哲学に学ぶことも多くありました。後にご本人との知己を得て毎年お会いするようになり、中国とのつき合いにおいても貴重なアドバイスをいただいています。『負けてたまるか! 若者のための仕事論』に書かれていますが、丹羽さんのモットーは、「クリーン(清く)・オネスト(正しく)・ビューティフル(美しく)」。これにあやかり、私のモットーは、「クリーン・オネスト・コンフィデント(自信を持って)」。役員や教授陣にも、「嘘(うそ)や不正なく、自信を持って教育や医療に邁進(まいしん)しよう」と折に触れて語っています。
尊敬する方々との縁を読書がつないでくれた
富士フイルムの古森重隆さんも尊敬する経営者の一人です。『魂の経営』に詳しいですが、古森さんはデジタル時代に備えて多角化を推し進め、得意のフィルム事業に加え、化粧品、医薬品、近年は再生医療の分野でも飛躍しています。デジタル化に乗り遅れたコダックとは対照的で、それは古森さんの洞察力によるものが大きいと思います。古森さんとは1度お会いして、時間を忘れるほど語り合いました。その後、同社の元副社長でライフサイエンス事業部長も務めた戸田雄三さんと出会い、本学の客員教授にお迎えしました。最先端医療について教鞭(きょうべん)をとっていただいています。丹羽さんもそうですが、縁とは面白いもので、1冊の本がきっかけになることがあるんですね。
遠藤周作の『沈黙』は、一昨年初めて読みました。主人公の神父は布教に命を捧げ、最後は人の命を救うために絵踏みをする。その苦悩と選択に感動しました。私が通った中学と高校はカトリック系のミッションスクールで、当時教わった神父も、内戦状態のコンゴで活動するなど、命がけで布教を行っていました。また、私は医師時代に米国バージニア医科大学で3年ほど働いたのですが、プロテスタントの信仰心が厚い土地柄だったので、住民や同僚たちは日曜になると教会に通い、私もたまにつき合いました。ですからキリスト教は常に身近にあった宗教。サイエンティストの端くれとして、そのすべてを信じるのは難しいですが、聖書は何度も読んでいますし、博愛精神の教えには大いに影響を受けています。『沈黙』もとっくに読んでいていいはずですが、読み損ねていました。マーティン・スコセッシが映画化したことで書店の平棚に積まれたようで、おかげで目につき、やっと読むことができました。
最近読んだのは、福沢諭吉の『新訂 福翁自伝』(岩波文庫)、西部邁さんの『保守の遺言』(平凡社新書)、稲盛和夫さんの『生き方』(サンマーク出版)、宮内義彦さんの『グッドリスクをとりなさい!』(プレジデント社)、永守重信さんの『「人を動かす人」になれ!』(三笠書房)、堀紘一さんの『リーダーシップの本質』(ダイヤモンド社)など。創業者の著書は信念が感じられて読みごたえがあります。枕元にはまだ読んでいない本がどっさり。“積ん読”が解消されるのは当分先になりそうです(笑)。(談)
星長清隆さんの経営論
名古屋近郊の豊明市にある藤田医科大学(旧・藤田保健衛生大学)や、藤田医科大学病院など三つの教育病院を運営する藤田学園。2019年9月末に発表された「THE 世界大学ランキング」では、昨年に続いて国内の私立大学ではトップレベルの評価を受けています。具体的にどんな取り組みを行っているのでしょうか。
教育・医療・福祉 すべての先駆けに
一人ひとりの創造力を重んじる「獨創一理」の建学理念を掲げ、1964年に創設された藤田学園。藤田医科大学は、医学部、医療科学部(医療検査学科・臨床検査学科・放射線学科・臨床工学科・医療経営情報学科)、保健衛生学部(看護学科・リハビリテーション学科)を有する医療系総合大学。同じ敷地内には日本一の病床数を誇る藤田医科大学病院があり、さらに、名古屋市中心部には370床の藤田医科大学 ばんたね病院、三重県津市郊外には、回復期リハビリテーションや緩和医療を主体とする218床の藤田医科大学 七栗記念病院がある。2020年には岡崎医療センターを開院した。
「1968年に藤田保健衛生大学の前身である名古屋保健衛生大学が開学してから50周年を機に、2018年に藤田保健衛生大学から藤田医科大学へと校名を変更しました。看護学校からスタートしたので、その色合いが強い校名でしたが、最先端の医学・医療を長く実践してきた大学であることを、校名の変更を通じて改めて表明しました。本学の創設者、故・藤田啓介総長は、医師であり、サイエンティストでした。72年の医学部創設の折には、基礎研究や臨床医学を推進する総合医科学研究所を併設しています。30名の研究者が研究だけに専念する機関で、当時、私立学校がそうした機関を作るのは非常にめずらしいことでした」と、星長清隆理事長。
教育の特徴は、医師、看護師、技師、理学療法士などが学部や学科の垣根を越えてチーム医療を学ぶ「アセンブリ教育」。三つの教育病院での実習や研修を通じ、高度先端医療から一般急性期医療、リハビリ、終末期医療までのすべてを網羅できるのも強みだ。2019 年秋教育専門誌「Times Higher Education(THE)」が発表した世界大学ランキング2020では、国内では九州大学、北海道大学、筑波大学などと並ぶ8位に。2021年6月には、「THE Asia Universities Summit 」を日本で初めてホスト大学として開催。世界50カ国、500名以上の大学関係者の参加、ノーベル賞受賞者や国際的リーダーの登壇を予定している。
「患者さん中心」を受け継ぐ
医療では、患者の負担が少ない手術を可能にする手術支援ロボット「ダビンチ」を積極導入するなど、先進医療を実践。2019年5月には、再生医療の研究施設「国際再生医療センター」を開設した。また、地域医療への貢献も際立つ。
「2013年に地域包括ケア中核センターを設置し、訪問看護・介護などを展開しています。また、学園近くの団地に医療・福祉の専門家が常駐する『まちかど保健室』を設置。エレベーターのない団地の上層階を教員や学生の住まいとし、買い物支援などを通じて地域住民と交流しています」
医師として長く現場にいた星長理事長の信念は、for the Patient(患者のために)/for the Public(社会のために)。
「藤田啓介先生は、『我等、弱き人々への無限の同情心をもて、片時も自己に驕(おご)ることなく医を行わん』という理念のもと、『患者さん中心』を徹底しました。『藤田スピリット』を受け継ぎ、次世代につないでいきたいと思います」