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大人にこそ絵本を こころに深く響く新しい表現 ノンフィクション作家・柳田邦男さん

荒井良二作『あさになったので まどをあけますよ』から

 「ねえ、パパ、どうして、うみって あおいの?」

 読者に尋ねたくなる。ベッドで眠りに入る前の幼い女の子にこんな質問をされたら、どう答えますかと。多くの人は、科学的な理由を、幼い子にもわかるようにどう説明したらよいか、苦労するに違いない。だが、絵本『めを とじて みえるのは』のパパは、こう答えるのだ。

 「まいばん、きみが ねむると、サカナが ギターを とりだして かなしい うたを うたって、あおい なみだを ながすからさ」

 カナダ出身の絵本作家アルスノーの情感豊かな絵の中にちりばめられた言葉が、読む者の胸に染み込んでくる。

 絵本の最後に、パパが「さあ、もう ねなさい」と部屋から出ようとすると、子どもはまだ尋ねる。「どうして、ねなくちゃ いけないの?」

 私は考えた。そして、こんな答でどうかと想像して頁(ページ)を開くと、次のパパの答に自分の想像力の貧しさを思い知らされた。

 「それはね、めを とじた ときにしか みられない、すばらしい ものが あるからだよ」――躍動感にあふれる広大な楽園の絵が広がる。

まどをあけます

 このように想像力を駆け巡らせる新鮮な感覚の絵本が、この20年ほどの間に次々に創作されるようになった。その21世紀の潮流について、私は新刊の絵本論『人生の1冊の絵本』(岩波新書)の中で、絵本は、「大人が自らの人生経験やこころにかかえている問題を重ねつつ、じっくりと読むと(中略)独特の深い味わい」があり、「哲学や文学と並ぶ独自の表現ジャンル」と位置づけて、「絵本新表現ジャンル宣言」というキーワードを提示した。

 コロナ禍で、経済成長主義、効率主義とは位相の違う、こころの持ち方、人と人との絆、自然との共棲(きょうせい)など、精神性を大切にする価値観をあらためて社会の中心軸に取り戻すことが課題になりつつある。決して大袈裟(おおげさ)に叫んでいるわけではないが、精神性の深さという点でこの国の絵本新表現ジャンルの到達点というべき3作を紹介したい。

 まず、『あさになったので まどをあけますよ』(荒井良二作、偕成社・1430円)。あさは、きょうという一日の色を決めるだけでなく、これからの人生の色にもかかわる。窓を開けると、目の前に広がる山、まち、川、空、海……。荒井良二の限りなく明るく力強い絵と「だから わたしは ここがすき」の言葉。命の脈動音が聞こえる。

荒井良二さんの絵本「あさになったのでまどをあけますよ」インタビュー 2011年の奥付に思いを込めて

 次は、「今日、あなたは空を見上げましたか」で始まる長田弘の詩といせひでこの絵で構成した『最初の質問』。人生の大事な瞬間を問い直す言葉と絵の対話が深く交叉(こうさ)する。「樹木を友人だと考えたことがありますか」の問いには、大樹の下を泣きながら歩む少年の暗示的な情景。「ゆっくりと暮れてゆく西の空に祈ったことがありますか」の頁には、憂愁に満ちた立ち枯れのひまわり畑。どの頁も映画の名場面のようだ。

また、あえるよ

 もう一作、『100年たったら』。草原でライオンは飢えていたが、目の前の小鳥を食べようとしない。やさしく歌ってくれる小鳥に愛を抱いたライオンは百獣の王という栄誉はどうでもよくなっていた。小鳥は「また あえるよ」「100年たったら」と最期を迎え、やがてライオンも……。転生を繰り返し、何度目かの100年後、ふたりは人に姿を変え、小学校で出逢(であ)う。石井睦美は、夏目漱石の短篇(たんぺん)集『夢十夜』を彷彿(ほうふつ)させる「生と死と愛」の世界をファンタジーで表現し、共感したあべ弘士が、はかなくも途絶することのないいのちのかたちを力強く描いた。絵本の可能性の極致と言おうか。=朝日新聞2020年6月13日掲載