悪意なき「おせっかい」 母娘に悲劇
先月、テレビ番組にリモート出演した湊さん。端末に取り付けたカメラの映像を見ると「気にしていなかった首のしわが目についてしまって」と苦笑。「自宅にこもっても、美容の問題から逃れられないんだなあと感じました」
その「美容」が、昨年の執筆前に、編集者から提案されたテーマだった。元々は関心が薄かったというが、東京都内の美容外科クリニックを取材すると、医師から「患者が目の手術を望むなら、たとえ目より鼻を選んだ方が美しくなると思っても、本人の希望に従う」と聞かされた。
「目のことでずっと悩んできた気持ちを尊重するということ。患者の内面にも向きあう仕事に興味を持ちました」
物語の主人公は、美容外科クリニックを営む橘久乃。美容整形は「心の豊かさにつながる」が信条だ。ある日、来院した旧友から、お互いの出身地である地方の町で〈女の子が、大量のドーナツに囲まれて自殺した〉といううわさを聞かされる。
〈モデルみたいな美少女/いや/学校一のデブだった〉
まるで異なるうわさが広まる中、亡くなったのは、かつて仲間はずれだった同級生、横網八重子の娘と判明。やがて久乃は、無関係と思われた事件に巻き込まれていく。
〈外側はサクッとしていて、中身はフワッ〉。作中に登場する手作りドーナツには、いくつもの象徴が重ねて描かれている。
「外側の輪っかには目を向けるけれど、中心にある空洞には無関心。みな外見にとらわれて、その人を本当には見ていないのかもしれません」
久乃に対して、地元の旧友らが入れ代わり立ち代わり、事件について証言する形で物語は進行する。だが冗舌な語りとは裏腹に、八重子の娘の死の真相にはなかなか近づかない。「大事なことは語られず、中心への想像がふくらむ」物語の構造も、やはりドーナツに重なる。
小太りのよく似た体形で、仲がよかったという八重子と娘。やがて明らかになるのは、母娘を次第に追い詰めていったのが、外見にまつわる周囲の「悪意に満たない、おせっかい」であること。
「どんな姿を美しいとするのか、その基準は人それぞれであっていいはず。でも、自分が正しいと疑わない基準を他者に押しつける時、人は悪意をぶつける時よりも、相手への想像力に欠けてしまうのかもしれません」
毎年のように話題作を連発する多作ぶりだが、意外にも、物語の種を書き留める創作ノートは持たないという。
2007年に小説推理新人賞を受けた「聖職者」を書き始める前、チラシの裏に誘拐、時効といったミステリーに関係しそうな言葉をびっしり書き込んだ。一度伏せ、再びめくって最初に目に留まった言葉は復讐(ふくしゅう)。そこから想像を膨らませた同作を収録したデビュー作『告白』は本屋大賞にも選ばれ大ヒットした。
現在は、今作の美容のように、短い言葉をいくつも編集者から提案してもらうスタイル。「心の中にある池に、小石を投げ込むイメージ。水面に一番大きな波紋を描いた言葉を選びます」
自分では思いつかなかった言葉ほど、さざ波は広がっていくという。「訴えたいことが先にあるのではなく、小説を書きながら、主人公と考えたいことをテーマに選びます。読者にも、一緒に考えてもらえたらうれしいですね」(上原佳久)=朝日新聞2020年6月17日掲載