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「サガレン」書評 時を超え 国のはざまで縁結ぶ

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2020年06月20日
サガレン 樺太/サハリン境界を旅する 著者:梯久美子 出版社:KADOKAWA ジャンル:紀行・旅行記

ISBN: 9784041076323
発売⽇: 2020/04/24
サイズ: 19cm/285p

サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する [著]梯久美子

 どのような書であれ、著者は必ず本文中に、テーマに即した一文を書き込む。本書とてそうだ。農業学者ミツーリがサハリン(樺太)を訪ねた20年後にチェーホフが、その33年後に宮沢賢治が訪れていて、「ときを隔ててはいても、同じ土を踏むことで、異郷を旅する者たちは縁を結ぶ」と著者は書いている。
 サハリンは日本とロシアのせめぎ合いの地であった。一八五五年の日露和親条約で両国の雑居地に。その後、日本は樺太を放棄し千島列島を領有する。日露戦争後は南半部が日本領になったが、第2次世界大戦でソ連が占領した。著者がこの地へ関心を抱くのは、「歴史のほうから絶えずこちらに語りかけてくる」からだという。
 第一部はサハリンを南北に貫く東部本線往復の鉄道旅で、北原白秋や林芙美子との作品を通じた「縁」を活写する。終点ノグリキから廃線探索をすると、日本の石油採掘の跡もある。重要なのは、芙美子のサハリン紀行の読み解きだ。芙美子は、共産党へのカンパを疑われ東京・中野署に勾留されたことを知る巡査に会い、その暴言に涙する。なぜ芙美子が国境線観光を避けたのか著者は推測するが、そこに時間を超えた芙美子への共感をみる。
 第二部では賢治の詩作を解きほぐそうと、賢治と同様のコースを旅する。チェーホフの『サハリン島』が、実はこの地を愛して亡くなったミツーリへの追悼では、という著者の発見に納得させられる。
 妹トシの死によって賢治は心理的な混乱を抱えつつ旅をする。サハリンでの最初の詩(「オホーツク挽歌(ばんか)」)から、賢治はオホーツクの海で「トシの存在を直観する」と読み抜くのは、本書の圧巻である。
 本書のタイトルも賢治がこの地を「サガレン」と呼んだからという。時間を超えて同じ空間に身を置いて「縁を結ぶ(対話する)」のは次代の者の務め。この読後感が心地よい。
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かけはし・くみこ 1961年生まれ。ノンフィクション作家。著書に『散るぞ悲しき』『狂うひと』など。