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「深宇宙ニュートリノの発見」書評 南極の氷が舞台 挫折越え成果

評者: 須藤靖 / 朝⽇新聞掲載:2020年06月27日
深宇宙ニュートリノの発見 宇宙の巨大なエンジンからの使者 (光文社新書) 著者:吉田 滋 出版社:光文社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784334044725
発売⽇: 2020/04/15
サイズ: 18cm/391p

深宇宙ニュートリノの発見 宇宙の巨大なエンジンからの使者 [著]吉田滋

 2002年の小柴昌俊氏、2015年の梶田隆章氏のノーベル物理学賞の対象となった素粒子「ニュートリノ」の研究で日本は世界のトップを走っている。
 ニュートリノは他の物質との相互作用が極めて弱いため検出が難しい。しかしそれは逆に、邪魔されずに遠くまで伝搬できることを意味する。つまり、宇宙の果ての情報を我々に届けてくれる貴重な使者なのだ。
 本書は宇宙ニュートリノ国際共同プロジェクト「アイスキューブ」を舞台とした科学者人生物語である。
 アイスキューブとは、熱水ドリルで南極の氷に深さ2.5kmの穴を86本掘削し、それらに埋め込まれた計5千個の検出器で宇宙からのニュートリノを観測するという信じがたいスケールの実験施設である。
 時には物理学の話も登場するが、そこは読み飛ばしたとしても十分楽しめるエピソードがてんこ盛りだ。
 山梨県の観測施設で宇宙から飛んでくる粒子である宇宙線の研究をしていた著者は、大学院生時代に、従来の理論では説明できない高エネルギーの宇宙線を発見し一躍有名となる。
 その研究を更に発展させるべく米国ユタ州の砂漠に建設した実験装置が、なんと米軍ミサイル誤爆で木っ端みじんになってしまう。
 あれやこれやで意気消沈した著者は、東大から千葉大に移り、従来の研究から一転、アイスキューブ実験に身を投じる決心をする。ところが、最初の数年間は他のグループと意見が対立し、苦労と挫折の連続。しかも、大学院生時代の「大発見」が別の実験によって完全に否定されてしまう。
 「今に見ていろよ、このまま終わってなるものか」。追い込まれた著者は、自ら研究者魂を燃え立たせる。
 その結果、世界初の超高エネルギーニュートリノという大発見を成し遂げ、共同研究者の石原安野(あや)氏とともに2019年度仁科記念賞を受賞した。それに至る波瀾万丈の冒険の数々をぜひともお楽しみ頂きたい。
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よしだ・しげる 1966年生まれ。千葉大教授(高エネルギーニュートリノ天文学、宇宙線物理学)。