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永山則夫「無知の涙 増補新版」 受け継いだ、少年のノート 河出書房新社・阿部晴政さん

 『無知の涙』は「連続射殺魔」として十九歳で逮捕された永山則夫が獄中で綴(つづ)ったノートをまとめ、一九七一年に刊行されたベストセラーである。永山の死刑が確定したのは一九九〇年五月だが、既刊の『無知の涙』はノートのすべてではなく、その完全版を河出文庫で出さないかと本人から提案されたのはその直前の二月の面会の時だった。

 まもなく届いたノートは異様なオーラを放っていたが、とりわけ衝撃的だったのは「無知ノ涙」と題された一冊目である。余白が漢字で埋め尽くされていて、文字を学びながら言葉をさぐりだしていく少年の生がそこから立ち上がっていくかのようだった。

 ノートのすべてを再現するという困難な作業を行ってくれたのは、その後、北冬舎をたちあげる柳下和久氏である。増補新版として刊行された七月、永山は確定囚となっていて、もはや面会することはかなわず、その七年後には死刑が執行された。

 いまなおこの本は重版し続けているが、執行直前の遺言によりその印税は「永山子ども基金」を通じてペルーの貧しい子どもに届けられている。さらにそこから十五年後、最後の身柄引受人であった市原みちえさんの紹介によって合同出版でこの本を最初にてがけた野田祐次さんにお会いし、七一年当時のご苦労をうかがうことができた。これは編集者としてより継承者としてかかわった本といった方がいいかもしれない。=朝日新聞2020年7月1日掲載