あえて定番を外し、埋もれた名作に光を
――『日本SFの臨界点[恋愛篇] 死んだ恋人からの手紙』『日本SFの臨界点[怪奇篇] ちまみれ家族』が同時発売されました。日本SFの知られざる傑作を発掘した2巻本のアンソロジーですが、まずは刊行の経緯について教えていただけますか。
アンソロジーを編んでみたいという気持ちは、本好きなら誰もが持っているものだと思います。私も昔から好きなSF短編を集めたアンソロジーの目次を考えるのが趣味で。大学のSF研時代も「SFマガジン」の〈架空SFアンソロジー10選〉という企画に触発され、友人と架空アンソロジーを作って遊んでいました。そのうちに本物のアンソロジーを編みたいという思いが高まってきて、作家になってついに実現したという感じですね。
『日本SFの臨界点』は、筒井康隆さんの『異形の白昼』というアンソロジーの影響を受けています。筒井さんには吉行淳之介の「追跡者」とか、宇能鴻一郎の「甘美な牢獄」とか、SFだけを読んでいたらまず出会わないであろう傑作をいくつも教えてもらいました。自分もアンソロジーを編むからには、あまりSFファンの間で言及されることのない作品も取りあげて、若い読者にその面白さを伝えていきたいと思ったんです。
――日本SFの定番をあえて外して、単行本未収録作品をメインにしているのはそのせいなんですね。
最初はもうちょっと普通の名作アンソロジーになるはずでした。でも作業しているうちに自分の中の“SFファンのヤバい部分”が膨らんでしまって……(笑)。それに日本SFの正史的なアンソロジーとしては『日本SF短篇50』などがすでにあるので、同じことをやっても意味がない。自分がやるべきことは、正史からやや外れたところにある作品、さまざまな事情で埋もれてしまった作品を発掘することだなと自覚したんです。
未収録作品を多めに入れることができたのには理由があります。1990年代、一部でSF冬の時代と呼ばれた時期には、雑誌に掲載されたまま短編集に収録されなかった作品が大量に存在しているんです。収録作の6、7割はその時期に書かれた作品ですね。近年の作品でも、扇智史さんの「アトラクタの奏でる音楽」や、小田雅久仁さんの「人生、信号待ち」など埋もれつつある作品は、積極的にフォローするようにしました。
日本SFはホラー抜きでは語れない
――9編の多彩なラブストーリーを収めた[恋愛篇]と、11編の怪奇幻想小説を収めた[怪奇篇]。収録作の傾向やテイストには、具体的にどんな違いがありますか。
[怪奇篇]はどちらかというと、アイデアを重視した作品が多いですね。ドラマの面白さがより強く出ているのが[恋愛篇]です。[怪奇篇]は冷静に編むことができたんですよ。幻想的なものからグロテスクなもの、奇想小説、異形小説まで、全体にバランスのいい目次になっていると思います。一方の[恋愛篇]は暴走してしまいましたね。当初はオーソドックスな恋愛SFを入れて、広い読者にアピールするつもりだったんですが、つい“SFのカッコいい部分”も読んでほしくなって(笑)。数学を扱った円城さんの「ムーンシャイン」を恋愛小説と呼ぶのは強引だけど、エッジのきいた傑作ですから、SFファンには許して欲しいと思います。
――日本SFとホラーの関わりについては、どう考えておられますか?
深い関係があると思います。日本SFの特徴としてよく“価値観の相対化”が挙げられます。そのアイデアを感動的なものとして描くのか、受け入れがたいものとして描くのかで読後感が変わってくる。それが後者として表現された時に、SFはホラーに接近するんでしょうね。筒井康隆さんや小松左京さんも優れたホラーの書き手ですし。
SFの出版が停滞していた90年代には、ホラーとして発表されたSFも多数あります。そういう意味でも、日本SFはホラー抜きでは語れない。井上雅彦さんが編纂されていた「異形コレクション」シリーズは、ホラー中心のアンソロジーなのにSFも読める、という実にありがたいシリーズでした。日本ホラー小説大賞からも、瀬名秀明さん、小林泰三さんなどSF作家がデビューされています。私自身もそうですね。かつては日本ホラー小説大賞くらいしか、SF・幻想短編の受け皿になる賞がなかったんです。
伴名SFに影響を与えた石黒達昌の「雪女」
――[怪奇篇]所収の11編では、雪女伝説に科学的アプローチを試みた石黒達昌さんの「雪女」に強い思い入れがあるそうですね。
「雪女」に出会ったのは大学3年かな。当時からこれを巻末に置いたアンソロジーを作りたいと考えていました。石黒さんは芥川賞候補作家で、SFレーベルの作品集もある方ですが、現在は活動を休止されていて2020年の若者にはさほど読まれていない。この傑作をぜひ若い人に読んでもらいたいと思いました。
読んでいただければ分かりますが、私は作家としても「雪女」に絶大な影響を受けています。昭和初期の日本が舞台で、研究者の日記によって物語が展開していく。これを読まなければ自分は「ゼロ年代の臨界点」などを書くことはなかったでしょう。影響を受けすぎだろうと言われることも承知のうえで、このすごさを知ってほしかった。
――人体改造手術を扱った中島らもさんの遺作「DECO-CHIN」、スラップスティックな味わいの津原泰水さん「ちまみれ家族」など、ストレートなSF以外の作品も意図的に収められていますね。
60~70年代の日本SFには、表面的にはこれはホラーやミステリだよな、という作品が多く含まれています。でも根幹の発想や思考方法はSF的なんですよね。今回もそうした作品を積極的に入れるようにしています。中島らもさんはSF作家としても評価されていたことに加えて、「DECO-CHIN」の後半の展開には価値観の相対化を重んじるSFマインドを感じます。ある登場人物が発する台詞なんて、ほぼグレッグ・イーガンですから。これは絶対SFファンに刺さるだろうという確信がありました。津原さんの「ちまみれ家族」も日常的に大量の血を流しまくる一家という奇想は、SF読者が楽しめるものだと思います。
この本をきっかけに新たな短編集が編まれたら成功
――そうした編集方針のお蔭で、怪奇幻想小説ファンの私も大いに楽しむことができました。それにしても巻末の編集後記と、各編の前に置かれた著者紹介はものすごい情報量ですよね。これから日本SFを読んでみようという読者には、絶好のブックガイドです。
著者紹介は実はこのアンソロジーの肝です。もちろん読者へのブックガイドでもあるんですが、こんなに埋もれている作家・作品がありますよ、という各出版社へのアピールなんですよ。自分は『年刊日本SF傑作選』に何度も作品を載せてもらいましたが、早川書房の溝口さん(編集者。伴名さんの短編集『なめらかな世界と、その敵』を担当)が声をかけてくれるまで、短編集を出すことができなかった。埋もれた作家だったという意識があるんです。だから恩返しじゃないですけど、まだ本になっていない短編にも光が当たってほしい。私の著者解説をきっかけに、収録作家の短編集が新たに編まれることがあれば、このアンソロジーは成功ですね。
――もっとも古い収録作が1961年発表の「黄金珊瑚」。著者の光波耀子は[怪奇篇]唯一の女性作家です。
「黄金珊瑚」はセンスオブワンダーが感じられるSFホラーですよね。光波耀子はこのまま書き続けていたら、間違いなく日本SF初期を代表する作家の一人になっただろうと思います。ただ家庭の事情でそれが叶わなかった。非常に残念だと思ったので、現在調べられる限りの資料をあたり、詳しい著者紹介を書きました。日本SF第一世代にこんな女性作家がいたということを、多くの人に知ってほしいです。
――[怪奇篇]でほかに思い入れのある作品、怖いと思う作品はありますか。
すべて思い入れがありますが、あえて一作選ぶなら谷口裕貴さんの「貂の女伯爵、万年城を攻略す」ですね。異形の獣人たちによる攻城戦を描いたものです。あの壮麗なイメージは谷口さんにしか出せないもの。現在は執筆をされていませんが、ぜひSFに戻ってきてほしいと願っています。怖いのは、中原涼さんの「笑う宇宙」かな。足元の不確かなシチュエーションからじりじり主人公の立場が悪化していく。直接的な恐怖を描いたものより、自分はこういう心理的なものの方が怖いですね。
――しかしこれだけの未収録作を発掘するには、相当な手間と時間がかかったのでは?
かかることは間違いないのですが、趣味の一環なので、全然苦ではなかったですね。国会図書館で雑誌をコピーするのも、古本屋を巡るのも楽しいからやっている。もし使命感でやっていたら、モチベーションが続かないと思います。SFへの使命感に燃えているように見えるかもしれませんが、一番の動機は自分が楽しいからです(笑)。
書くのと同じくらい、SFを薦めるのが好き
――特に尊敬しているアンソロジストはいますか?
筒井康隆さん、大森望さん、日下三蔵さんですね。さっきも名前を出した筒井さんの『異形の白昼』は、遠藤周作のような当時の流行作家を始め広いジャンルの書き手をカバーしながら、その中に星新一、小松左京、眉村卓とSF作家を紛れこませている。戦略的ですよね。しかもどの作品も怖くて面白い。筒井さん自身の「母子像」が一番印象に残るのは、ちょっとずるいなと思いますが(笑)。大森さんは国内・海外両方に目配りのできるアンソロジスト。歴史的な事情を踏まえつつ、一般読者にもアピールする作品を取りあげるバランス感覚を尊敬しています。自分はついマニアックに走ってしまうので。日下さんのアンソロジーからは、絶対に作品を埋もれさせないぞという執念を感じます。一作残らず拾いあげる徹底した姿勢は、真似できるものではないですね。
みんなもっとアンソロジーを編んで欲しいと思います。アンソロジーは目次を眺めるだけでも、編者の趣味や思考方法が見えてきて楽しい。大森さんの編んだ『revisions 時間SFアンソロジー』は全て読んだことのある作品でしたが、「大森さんはこれも好きなんだ」という発見があって面白かったですから。
――伴名さんは2010年、日本ホラー小説大賞・短編賞を受賞された際、「この世に数多存在する、心を震わせる素晴らしい物語を、一人でも多くの人に知って欲しい」と述べています。デビュー当初から首尾一貫されているのだなと、あらためて驚きました。今後もアンソロジーを編むご予定はありますか?
その発言は完全に忘れていました(笑)。しかし自分は確かにそういう人間ですね。書くのと同じくらい、SFを人に薦めるのが好きです。もちろん自分より熱狂的なSF読者は山ほどいますから、そういう人たちの思いも背負いつつ、自分が偏愛する作品を選んでみたのが『日本SFの臨界点』です。よほどのマニアでないかぎり、収録作の大半を読んでいる方はいないはず。作品として面白いものを集めているので、SFファンなら買って損はありません。この2冊が売れたら、もっと多くの未収録短編を紹介できるようになると思います。ぜひ応援してください。