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「塀の中の事情」「ルポ 老人受刑者」 強まる福祉の側面 大胆な改革を 朝日新聞書評から

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2020年07月18日
塀の中の事情 刑務所で何が起きているか (平凡社新書) 著者:清田浩司 出版社:平凡社 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784582859416
発売⽇: 2020/05/18
サイズ: 18cm/441p

ルポ老人受刑者 著者:斎藤充功 出版社:中央公論新社 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784120053030
発売⽇: 2020/05/08
サイズ: 20cm/212p

塀の中の事情 刑務所で何が起きているか [著]清田浩司/ルポ 老人受刑者 [著]斎藤充功

 この何年か、刑務所探訪の書や刑務所内部の実態を伝える書がよく刊行される。受刑者の高齢化、累犯者の増加、そして刑務所側の苦労などがどの書でも具体的に記述され、実態に疎い読者は驚き、考え込み、刑務所は今や社会福祉の代替かとの感を持つ。
 法務省や各刑務所(全国に67カ所)がこれほど内部をメディアやジャーナリストに見せるのは、相応の理由があるのだろうとも推測する。実際に刑務所で働く人たちの辛苦は並大抵のものではない。両書からも刑務所が抱えこむ問題点は随所から感じられる。例えば、医療刑務所が直面する重要課題は医師の不足である。清田浩司の書によるなら、一般の医師と給与・待遇面で格差があること、矯正医官の地位が低くキャリアアップにつながらないことなどが理由として指摘される。将来、医療刑務所は閉鎖に至るおそれがあるとの証言も紹介されている。斎藤充功の書にも刑務所改革が必要との記述があり、「社会との共生」の時代ゆえに、出所者の社会復帰を手助けする福祉専門官の活用などを説いている。
 つまり刑務所行政は従来とは異なる状況が日常化していて、大胆な発想転換が必要だと両書とも訴えている。
 特に清田書は、テレビ記者として20年近く刑務所や少年院など30カ所余を取材してきた報告書でもある。まさに「塀の中は社会を映す鏡」であることが裏づけられる。いくつかの刑務所を6章に分けて記し、さらに更生保護施設、元オウム信者との面会の模様を加えて8章で実態をえぐる。高齢者の窃盗の累犯に刑務所は頭を抱え、なかには体が不自由な70代の受刑者を、同室の老受刑者が手取り足取り面倒を見る「老老介護」のケースまであるというのだ。
 インタビューを受けた受刑者らは、罪を犯すことで社会から疎外されている不安を語る。認知症の受刑者のケースを見ても、出所後の社会支援が頼みの綱である。しかし現実には、支援システムは完備しているわけではない。刑務所には自由はないが、飢えもない。高齢累犯者にとっては「最後の居場所」(斎藤書)であり、戻るために万引きに走るというサイクルができているという。
 統計によると、刑務所人口は全体として減少している。一方で、社会福祉や社会教育の受け皿になることで、本来の「収容と隔離」「矯正と更生」という目的が揺らいでいる。清田書では職業訓練に重きを置く「塀のない刑務所」という試みも語られ、受刑者の表情にも落ち着きが戻っているようだ。時代と向き合う刑務所行政とは――。近代日本の定型が問い直されている現実を直視すべきだ。
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きよた・こうじ 1967年生まれ。テレビ朝日報道局デスク。共著に『警察庁長官狙撃事件』▽さいとう・みちのり 1941年生まれ。ノンフィクション作家。『恩赦と死刑囚』『証言 陸軍中野学校』など著書多数。