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「椅子クラフトはなぜ生き残るのか」書評 「有益な失敗」から生まれる価値

評者: 長谷川逸子 / 朝⽇新聞掲載:2020年07月18日
椅子クラフトはなぜ生き残るのか 著者:坂井 素思 出版社:左右社 ジャンル:産業

ISBN: 9784865282771
発売⽇:
サイズ: 19cm/244,10p

木製の椅子生産・椅子消費が減少しているなか、椅子クラフツに何を求めるのか。手づくりの小規模生産が生き残るのはなぜか。ものづくりの将来と日本の経済社会を見据え、クラフツ経済…

椅子クラフトはなぜ生き残るのか [著]坂井素思

 コーヒーカップのデザインを建築家数人で引き受けたことがある。完成後に他の建築家と対談した時、量産が必要なコーヒーカップは歪(ゆが)みがあってはならない、量産しにくそうな私の案は失敗だといわれた。たしかに愛媛県の砥部の窯元に行ったとき、ほんの少し歪んだものも捨てていた。その歪んだ茶碗が優しく見えて購入したことがある。歪みは時に美しい。
 本書は、手づくりや工芸品、つまりクラフトは最も身近で生活に影響を与えると同時に、経済社会にも影響を与えていることを問う。
 家具の消費が減少しているにもかかわらず、椅子クラフトを手がける小規模生産者の割合は増えている。著者はクラフト文化特有の多様性を実現する柔軟な手づくりに注目し、存続する理由を分析していく。
 椅子クラフトの生産者たちは、素材の性質と手作りの自由さを生かし、視覚的価値を求めながら生活の道具をつくりあげていく。歪みのある手づくりの作品は、機械大量生産の場では失敗作になるが、クラフト文化では「有益な失敗」と呼ばれる。
 こうした完璧ではないこと、不完全性を受け入れることで、職人による小規模生産は柔軟性や自己完結性などを獲得する。一方で、椅子は駅や公園など社会的機能を通して社交性・環境・ネットワークを形成する。
 椅子クラフトは今日まで持続し私たちの生活にも影響を与える。椅子は生活全体の中で、振る舞いや活動、コミュニケーション作用に関わるからだ。
 私たち建築家も、建築雑誌のための写真を撮影する際、建築空間を決定づける道具として椅子を選定する。椅子は場のあり様を決定づける。それゆえ慎重になる。また時には、建築家のコンセプトを知ってもらう作業にもつながる。
 だからこそ、職人によるハンドメイドの椅子は、今後も作り続けて欲しいと私は望む。
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さかい・もとし 1950年生まれ。放送大教授(社会経済学)。著書に『家庭の経済』『社会的協力論』など。