インタビューを音声でも!
好書好日編集部がお送りするポッドキャスト「本好きの昼休み」でも、篠原さんとCOOKIEHEADさんのトークをお聴きいただけます。以下の記事は、音声を要約・編集したものです。
「公共の」みんなのための図書館であること
――NYの市民にとって、図書館はどういう場所なのでしょうか。
一般的に公共図書館(パブリックライブラリー)と呼ばれています。その公共(パブリック)というのは、大きくは予算の多くが地方自治体を中心とした公共の形で出ているという意味があります。でもそれだけではなく、みんなのための場所であるということに非常に重きを置いているんです。
もちろん基本となるのは、本、CD、DVD、Blu-rayなどの資料の貸し出しですが、それだけではなく、住民の生活に必要なものや人々が求めているものを提供しています。例えば、移民に向けた英語のクラスがレベルごとにありますし、そのほかの言語のクラスも頻繁に開講されます。
ミシン、工具、天体望遠鏡など、個人が所有するまではいかないようなものを、みんなに貸し出して共有するシェアリングエコノミー的なサービスもあります。他にも、ボードゲーム、ビデオゲーム、パズルなどの娯楽グッズも貸し出していますね。また、就職支援や税の申告書類の作成、市民権獲得の手続きなどのサポートも行っています。
くわえて、誰でも自由に利用できる「コミュニティー冷蔵庫」が設置されている図書館もあります。住民が食品を寄付し、必要とする人が持ち帰れる仕組みで、近隣の公立学校の食堂から出る余剰食品が定期的に提供されることも多いです。そして生理用品も無料で配布されているほか、お手洗いについても、形態はさまざまですが、すべての人が安心して使えるようオールジェンダー個室トイレの整備が市で義務付けられています。
――多種多様なサービスなんですね。特に印象深いものはありますか。
私がボランティアをしているブルックリンのグリーンポイント図書館で興味深いと思う試みを二つご紹介します。ひとつは、家賃の賃上げがあった時の交渉に関するワークショップです。ただでさえ物価と家賃の高いNYでは、不当な家賃釣り上げが起きてしまい、市民が苦しめられてしまうことがあります。そういう人に向けて、住宅の賃貸契約に明るい法律の専門家を招いて、賃貸契約書類の見方や家賃交渉のコツなどを解説しています。弱い立場の目線に立った、NYらしい草の根の抵抗のあり方だなと思いますね。
もうひとつは、ティーンネイジャーを対象にした税金の仕組みなどの個人財務管理に関する学習会です。学校で納税の仕組みは習うかもしれませんが、実際に自分が収入を得た時にどのように所得税を申告するのかということは習いませんよね。そこでティーンネイジャー向けに、税金との付き合い方を教える学習会が開かれています。
こうしたサービスが無料で誰でも受けられるというのが、公共図書館の「公共」としてのあり方を表しています。みんなのために存在するという意味で、意義深いと思っています。
市民活動の拠点としての図書館
――COOKIEHEADさんはどういう経緯で図書館のボランティアを始めたんでしょうか。
私は東京出身で、都心で育ったんですが、小学校の頃から電車通学だったので、近所に遊べる友達がいませんでした。でもありがたいことに、一人で歩いて行ける場所に大きな図書館があったので、いつも通っていたんです。そこで読書の楽しみを知りました。そしてNYに引っ越してきてからも、公共図書館の豊かさには本当に感謝していました。そういう図書館に、何かしら恩返しをしたいという気持ちがずっとあったんです。
2023年、NY市の公共図書館の予算が大幅に削減されるというニュースが話題になりました。それを懸念した私は、関連するコラムを書くにあたって、地元のグリーンポイント図書館では実際に予算削減でどういった影響を受けるのだろうか、と取材を依頼したんです。そこではいろいろなことを教えてもらいましたが、その中で図書館の支援をするボランティアグループがあることを知りました。せっかくなので私も何かをしたいと思って、その年の春からボランティアグループに参加するようになりました。
――どういう活動をしていますか。
図書館のボランティアというと、本の整理を手伝ったり、図書館の受付業務をしたりということを想像するかもしれません。でも実際はそういう内容ではなくて、地域や図書館に関わる市民活動を牽引するような活動をしています。
具体的には大きな役割が二つあります。ひとつは、公共図書館がすべての住民にとって開かれた場所であり、誰もが利用する価値を見出せるということを、今は利用していない方々に向けて発信することです。実際に図書館の会員カードを持つ利用者が増えることで、図書館が必要とされているということを数字として市に示すことができます。
二つ目の役割は、イベントやサービスを無料で利用者に提供するためにどうしてもお金が必要になるので、そのためのファンドレイジングや、市が進める予算削減に反対する運動などをしています。
NYの図書館が抱える課題
――NYの図書館はどんな課題を抱えているのでしょうか。
アメリカ全体、そしてNYの図書館が抱えている課題は大きく二つあると思っています。一つは先ほど触れた予算削減です。NYは様々な問題を同時多発的に抱えている街なので、予算の使われ方が急に大きく変わることがあります。特にここ数年の傾向としては、文化の分野に当たる公共図書館と、教育の分野である公立学校が何度も予算削減の対象になりました。その危惧を伝えるために、公立学校と一緒になって、市議会に声を届けるような活動をしています。予算削減しないでほしいということを、市民のコレクティブな声として届けるために、ボランティアグループでイベントを開催したり、声を集めるプラットフォームを作ったりしています。
もう一つは公共図書館や学校図書館における「禁書」です。アメリカ各地で起きていますが、その中でも特に保守的でキリスト教的信仰が強い州で多発しています。特に対象になりやすいのが、ジェンダーやセクシュアリティーに関する書籍、黒人や有色人種、移民や先住民といったテーマの本です。
NYは基本的にはリベラルな都市なので、特に禁書に関しては昔から抵抗してきた歴史があります。そうした中、ここ数年爆発的に増えている禁書に抵抗する画期的な動きとして、ブルックリン公共図書館が全米のティーンネイジャーに会員登録の範囲を拡大して、どこに住んでいてもブルックリン公共図書館所蔵のデジタル書籍にアクセスできるようにしました。公共図書館や学校図書館で禁書が盛んになってしまっている地域に住むティーンネイジャーも、そういった本をオンライン上で読めるように開放したんです。「読む権利」を守る動きとしてとても注目を集めましたし、NYらしい試みだったと思っています。
――第2次トランプ政権の発足以降は、どんな変化が起きていますか。
私は自分の住むNY地域の図書館の動きに着目して、実際に支援活動に携わってきました。しかし、第2次トランプ政権が始まって以降は、博物館・図書館を支援する連邦機関の博物館・図書館サービス機構(IMLS)を解体する大統領令が署名されたり、日本で言うところの国会図書館にあたるライブラリー・オブ・コングレスで重要な任務を果たしてきた初の黒人女性司書が解雇されたりと、連邦レベルで図書館がターゲットになる事例も増えてきました。
反DEI(多様性、包括性、公平性)を掲げる現政権がアイビーリーグと呼ばれる名門大学に圧力を強めているニュースは、日本でも話題になったと思いますが、図書館に対しても同様に、見せしめのようなことが行われてしまっているんです。知的財産・文化遺産の維持、そして言論・表現の自由が危ぶまれる、非常に怖い状況です。今後は地域レベルだけではなく、より大きな視点で「公共とはどういうことか」を考えながら、図書館を守っていく必要があると感じています。