ISBN: 9784121025944
発売⽇: 2020/05/20
サイズ: 18cm/276p
ISBN: 9784004318347
発売⽇: 2020/05/22
サイズ: 18cm/242,8p
マックス・ウェーバー [著]野口雅弘/マックス・ヴェーバー 主体的人間の悲喜劇 [著]今野元
この5月に、ほぼ同じタイトルの新書が刊行された。一冊は『マックス・ウェーバー』で、もう一冊は『マックス・ヴェーバー』。もちろん、同じ人物だ。『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』などで知られる、知の巨人の没後100年に際しての企画である。いずれも気鋭の政治思想史研究者による、評伝スタイルを取った本であるのが興味深い。
タイトルの違いは、内容の違いを暗示する。『ウェーバー』は、法学・政治学・経済学・社会学を縦横に駆け抜けたこの人物を、プラトンやカール・マルクス、ウォルター・リップマンやフランツ・カフカ、さらに丸山眞男やロバート・ベラーなど、時代と国境を越えた人々と比較する。ハンナ・アーレントやジョン・ロールズとまで並べて論じているのは、本書の読みどころでもある。かつて社会科学の定番だった思想家も、最近の若い世代には遠い存在になりつつあるが、本書は新たな世代にとって格好の入門書となるはずだ。
これに対し、原音に近い『ヴェーバー』は、ドイツ帝国の勃興から第1次大戦の敗北による崩壊までの激動の時代を生きた、一人のドイツ・ナショナリストの人生を描き出す。英国に敬意を持ち、米国に憧れに似た感情を持ったヴェーバーだが、あくまで国際社会におけるドイツの名誉ある地位にこだわり、民主主義の名による他国からの干渉を嫌った。軍事的訓練に参加し、予備役将校であることに誇りを持った、生真面目な愛国者の膨大な著作と書簡を検討した本書は、まさに「伝記論的転回」を称するだけの読み応えがある。
もちろん、国境を越えた理論家と熱烈なナショナリストが直ちに矛盾するわけではない。しかし、ウ(ヴ)ェーバー問題は、日本においてマルクスと並び、近代社会を読み解く上での巨大な座標軸であった思想家を、今日、どう読み直すかをめぐる、深刻な態度表明の違いを意味するはずだ。宗教を中核とする人間の内面的価値と、巨大な政治・経済システムの矛盾と相克をめぐる「現役」の理論家と見るべきか、あるいはむしろ、国民国家の闘争時代における、矛盾に満ちた、しかし魅力ある人物として「歴史化」すべきか。
両著に共通する部分もある。いかに客観的であることを目指す学問といえども、自らの党派性を完全に否定することはできない。価値をめぐる究極の対立に、人間は向き合わなければならないのである。残念ながら暴力と闘争はこの世から完全に消し去ることができないというウ(ヴ)ェーバーの問題提起に、2人の著者は違う形で、しかし誠実に答えようとしている。背景には、現代に対するそれぞれの思いがあるはずだ。
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のぐち・まさひろ 1969年生まれ。成蹊大法学部教授。著書に『忖度(そんたく)と官僚制の政治学』▽こんの・はじめ 1973年生まれ。愛知県立大外国語学部教授。著書に『フランス革命と神聖ローマ帝国の試煉』。