7月に発表された163回芥川賞で受賞は逃したが、劇作家・石原燃(ねん)さん(48)の『赤い砂を蹴る』(文芸春秋)は候補作として注目を集めた。
母は作家の津島佑子、祖父は太宰治。太宰については「祖父としても作家としてもあまり知らないので、なんの印象もない」。一方で、津島は執筆の動機から作品の内容まで重要な位置を占める。
30歳を過ぎて劇作家になり、小説は今作が初めてだ。身近だっただけに、ハードルの高さも知っていたという。「母は、小説は書けても戯曲は書けないという立場で、私を尊重してくれた。逆に、戯曲が書けるからといって小説が書けると思うなよ、というところもあったと思う」
2016年に津島が死去。解説やあとがきをいくつか頼まれたが、娘として語ることに限界を感じ、「小説を書くようなつもり」で書いたところ、「戯曲では書ききれないものや別の楽しさがあった」。今作の執筆につながった。
主人公は、病で母を亡くした「私」。友人として母の生活を支えた芽衣子と、彼女の生まれ育ったブラジルの日系人農場を訪ねる。その中で、芽衣子の半生や亡き夫との思い出、私と母の記憶がつづられていく。「女性たちはひとくくりにはできない。だけど、同じものと戦っている。父中心の社会からこぼれおちている」
作中の「母」は画家の設定で、幼い我が子の死など津島文学と重なるモチーフも。劇作家としては原発問題などを扱い、社会派とされるが、「もう少し個人的な話を」と周囲から材料を取った。「戯曲は役者が肉付けしてくれるけど、小説は作家が全部書かないといけない。力をつけたら、もっといろいろなものを書いていきたい」(滝沢文那)=朝日新聞2020年8月5日掲載