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13人の人格を持つharuさんインタビュー 「生きづらさ」を後ろから支えてくれた彼らと生きる

文:篠原諄也 写真:斉藤順子

失った記憶はあとで彼らが教えてくれる

――今は主人格のharuさんだそうですね。「今日はharuさんでいこう」と決められたのでしょうか?それともたまたまでしたか?

 たまたまですね。さっきまでの仕事の延長線上でした。(注:発達障害と診断された子どもの通う「放課後等デイサービス」で保育士として勤務している)仕事は基本的にharuなんです。ただ理科の実験や歴史など、勉強を教える仕事だと、全然僕じゃなかったりする。その時に出ている人格は、あくまでも僕のふりをするんですよ。仕草や目つきが変わってしまうと、周りの人がびっくりしてしまう。だから彼らは僕を演じる。でも僕はその記憶がないので、彼らがあとで教えてくれます。

――脳内で教えてくれるんですか?

 そうですね。(背後を指しながら)この辺で言ってくれる。例えば、友達とご飯を食べに行くとします。最初は交代人格が食べていて、トイレに立ったとする。トイレの中で、はたと僕に戻るんです。そうすると、戻る道順が分からない。どこの席か分からないし、誰と来ているかも分からない。そういう時に「席までの道順はこうだよ」「誰とご飯を食べているよ」「さっきまであの人格が出ていたよ」と教えてくれるんです。

――脳内がひとつの部屋のようになっていて、その中のテーブルの中央の椅子「コックピット」に座った人格が表に出てくるそうですね。出てくる方はどのように決まるんでしょうか?

 目の前の物事に興味のある人格が「あ、自分行きます!」と出ていきます。突然物理の話になったら、悟くん(13歳・植物と物理好き)が「あ、面白そうだから行くね!」と出てきたりする。僕が出続けていれば、彼らが出ることはないんですけど。

 僕は塾講師のアルバイトをしていたんですけど、何を教えるかによって人格が変わりました。数学や理科だったら圭一(26歳・クールな理系男子)が出てきて、国語や社会だったら灯真(年齢は不明・絵を描くのが好きな自由人)が出てくるんです。そういう風に、目の前の物事を見て判断するんですけど、にっちもさっちも行かなくなったら、まとめ役の洋祐が出るようになっています。

haruさんの脳内イメージ図(『ぼくが13人の人生を生きるには身体がたりない。』より)

――改めてになりますが、haruさんの自己紹介をしていただけますか?

 年齢は24歳で、性別は男性として生きています。性同一性障害で、出生時は女性でした。今は男性として働いています。主人格なので、僕が他の人格を生み出したというか。でも僕はその自覚がありません。何かしら嫌なことがあって、僕自身が直面できないから、別の人格に肩代わりしてもらう。そのように成り立っている世界なので、僕は責任感がなくてフワフワしています。

 趣味はあまりありません。でも他の人格はプログラミングが好きだったり、勉強が好きだったり、音楽が好きだったりする。全部僕の一部だとは分かってるんだけど、凄く他人事のように感じます。

――今回は語り下ろしだそうですが、語り手はほとんどが交代人格の方でした。洋祐さん(24歳・まとめ役)、圭一さん(26歳・クールな理系男子)、結衣さん(16歳・唯一の女性で嵐の二宮和也好き)が主に語っていました。haruさんは語った記憶はないですか?

 僕はあまりないですね。忘れている部分と、そもそも知らない部分があります。

――読んでみてどうでしたか?

 非常に興味深かったです(笑)。自分の事なんですけど、結構他人事のように思えて。別にこの本に限らず、学校のテストや仕事など、何か物事を成し遂げた時に「凄いね」と言われても、他人事のようで距離を感じてしまいます。だから今回、僕の本が出ました。僕の名前になってるけど、僕はあまり語ってないし(笑)。「僕らの本」と言うほうがしっくりきますね。

交代人格の話し合い「有識者会議」とは

――最初に交代人格の方がいるのを感じたのは2歳の頃だったそうですね。

 その頃に感じたというかいた。声が聞こえていました。結構年上のお兄ちゃん(当時17歳の洋祐さん)の声でした。「今はお母さんの機嫌が悪いから、こういうことはしないほうがいいよ」みたいなことを話していました。

 最も古い記憶のひとつは、保育園で皆でトイレトレーニングをしている風景でした。保育室にオマルが置いてあった。でも洋祐はそこでトイレをすることに対して、凄く羞恥心を感じて「恥ずかしい」と言ってしまいました。

 そのまま小学校・中学校と成長してきて、全然違う人の声が聞こえてくるのは当たり前だと思っていました。病気だとは思わなかった。でも中学の時に徐々に記憶がなくなりはじめて。テスト中に問題を解いた記憶がなくなっていました。でもあまり気にしなかったのは、テストの点数がめちゃくちゃ良かったからでした(笑)。記憶がなくて点数が悪かったらショックだと思うんですけど。

 初めてはっきりと名乗ったのは圭一でした。高専(高等専門学校)2年生の頃、駅で乗り換えの時に声がしたので「誰なの?」と聞いたんですよね。そしたら「圭一」と、音じゃなくて漢字が、頭の中にポンと出てきたんですよ。その時に初めて名前が分かりました。そしてよくよく聞いてみれば、2歳の頃から出ていたのは、洋祐だったことも分かりました。

 高専ではその後(記憶をなくしてしまう影響で)授業に出られない日々が続いてしまいました。このままだと出席点がやばくて、留年になる可能性がある。その時に初めてスクールカウンセラーの先生と話して、どうやら「多重人格」の可能性があると言われました。診断書を持ってくれば、留年にならないよう学校で対応ができるから、とりあえず病院に行ってくれと言われて。そこで初めて「解離性同一性障害」と診断されたんです。

――そこで交代人格の方がいることを受け入れて、皆で一緒に生きるようになったそうですね。脳内の部屋で話し合いをする「有識者会議」があると書いていました。

 僕の人生のターニングポイントというか、何かを決めないといけない時に皆で話し合う会議のことです。基本的に僕は意見を出しません。「有識者会議」で意見がまとまって「これでOKですか?」と言われるんです。僕が「OK」と言ったら決定権が下される。最後の決裁ですね。ちなみに参加できるのは、13歳か15歳以上と決まっていて、全員ではないみたいです。ほぼ出てこない子も参加しなくて、圭一、結衣ちゃん、灯真など、メインの子たちで話し合うようです。

――唯一の女性の結衣さんは、他の男性の方と外見についての価値観が合わないことがあるそうですね。特に圭一さんとは意見が合わないことも多いと。

 結衣ちゃんは本当は女の子らしい格好がしたい。でも主人格の僕が男性として生きているからできない。ただせめてまともな格好をしてほしいと言います。一方、圭一は着られれば何でもいいというか。(見た目よりも)着心地や洗濯しやすさなど、実用性を求めている。そこでちょっと対立するんですよ。

 夏はTシャツとパンツ、上下1枚ずつなのでいいんですけど、冬は大変です。アウターを選ぶのでも(結衣さんとともに服を選ぶ係の)灯真はしっかりしたブランドであってほしい。結衣ちゃんは、奇抜でなくていいけど人とかぶるのは嫌と言う。圭一は、洗えて防水で、色は落ち着いた色で、と。でもこの3人の意見を満たす服ってほぼないんですよ(笑)。最終的に決まっても、探すのに何ヶ月もかかったりする。結局買ったのは2月くらいで、もう春がきているぞと(笑)。

「生きてるだけで花丸だよ」と言ってくれる

――「レンタルなんもしない人」として活動する森本祥司さんとの対談が収録されていました。編集者の方がレンタルさんの本『〈レンタルなんもしない人〉というサービスをはじめます。』を担当していて、昨年haruさんがレンタルさんのサービスを利用したのがきっかけで知り合ったと聞きました。(注:レンタルさんは「なんもしない」自分を無料で貸し出すサービスを提供している)

 僕自身はレンタルさんとあまり喋ったことがなくて。レンタルさんがいるのは分かってるんですけど、実際は悟くんが物理の話を喋ってるんですよ。その内容は全然知りません。最後の対談も物理の難しい話をしてるから、あまり分からないし。(注:レンタルさんは理学部の大学院を出たこともあり、理系の学問の話を理解してくれるとのこと)

 悟くんは一番物理に対して貪欲に知識を求めていくタイプなんです。多分話をすることと、その空間が凄く好きなんだと思います。悟くんは「手加減しなくてもいい相手」と言っていました。いろいろ勉強してきたことを発表して、レンタルさんが「うんうん」と聞いてくれる。悟くんは吃音があって、人とあまりコミュニケーションをとるタイプじゃない。でもレンタルさんと物理について話す、あの瞬間だけは彼の時間なんです。

――ちなみに今、脳内の部屋の状況はどうですか?

 この辺(左後ろ)に洋祐がいて、この辺(右後ろ)に圭一がいます。結衣ちゃんがちょっと前に起きたかな。でもちゃんと分かるわけじゃなくて、後ろのほうでちょっと声がするくらいです。

――どういうことを話していますか?

 今、僕が話しているのは、大体洋祐から言われていることを、そのまま言ってるだけなんですよ。僕は人格同士の関係や部屋の内容についてあまりよく分かっていない。洋祐は全部分かってるから「こんな感じだよ」と言ってくれる。質問を同時に聞いて、同時に話すような感じです。

――haruさんご自身は「生」に対する執着心があまりなく、交代人格の皆さんが後ろから支えているようなイメージだとありました。

 そうですね。10代の頃は「20歳までに死ぬ」と言っていて、20歳になったら「25歳までに死ぬ」と言っていました。だから結構死に対して、密接に関わってきた。

 自殺未遂をしたこともあったけど、結局なんだかんだ彼らに生かされてきた。この本でも語っているように、洋祐がいつも「生きてるだけで花丸だよ。それだけでいい」と言ってくれるから、それに「そうか」と答えながら生きてきた。そんな24年間でした。

――「生きづらさ」はどういうところから生まれたのでしょう?

 生きづらいことに気づいたのが中学生だったんですよ。義務教育時代が泥沼のようにしんどくて。なんかよく分からないけど生きるのが辛かった。小学生の時はもちろん理由は分からなくて。中学生になってから、病院で起立性調節障害と鬱病と診断されました。でもなんか違う気がすると思いながら生きてきました。

 高専1年生の時に、圭一がテストでいい点を取ったんです。高専は男の子がほとんどの世界なので、女の子が目立つのは異例なことでした。そこで先生から「女の子なのに凄いね」と言われたんです。それに衝撃を受けて、これだと思った。ずっと「女の子なのに」ということが嫌だったんだと。自分の名前が女の子らしい名前だったので、ずっと名前を書くのが嫌だったし、呼ばれるのも嫌でした。あと男女で制服やジャージが違う。トイレが違う。水泳の時間、体力測定も違う。それが嫌だったんだと、初めて性同一性障害である自分を受け入れることになったんですよ。

 高専で前例がなかったんですけど(男性として学校に通えるよう)対応をしてくれました。名前は本名から自分が呼ばれたい通称名に変えました。制服やジャージは男子用に変えて、体育も男子のほうに参加することになりました。その時に「生きたくない」=「(学校に)行きたくない」世界から、「生(行)きやすい」世界に変えようと思った。ずっと死にたいと思い続けていたから、どうせ死ぬなら足掻いてから死のうと思いました。

 頭の中で彼らは凄く応援してくれました。生きづらさの原因が性別だったのも、彼らから気づかされた。多分、僕は性同一性障害であるという事実を見たくなかったんでしょうね。受け入れたくなかったけれど、彼らが手伝ってくれた。それはとても大きかったと思います。

――その後に解離性同一性障害、ADHD(注意欠陥・多動性障害)であることの3つの生きづらさの原因が分かって、少しずつそれが解消されたそうですね。今はharuさんが生きていて、幸せを感じるのはどういう時でしょうか?

 仕事をしていて「先生でよかったです」と言われた時です。感謝されたくて生きているわけではないけれど、親御さんや子どもにとってキーパーソンになれるのは凄く嬉しいことだし、ああこの仕事やっていてよかったなあ、幸せだなあと思います。

 あとは、勉強が無事にできている時が凄く幸せですね。自分の立てたスケジュール通りに物事が進んでいくのが好き。国家試験などの勉強をきちっとやって、着実に身について、結果が明らかになる時は凄くいいなあと思います。

(取材が終盤に差し掛かった頃、流暢に話をしてくれていたharuさんが突然寡黙な雰囲気に変わる)

――今変わりましたか?どなたですか?

 …….さ、さとる。

(注:悟くんは13歳。植物好きでハーブを育てている。数学や物理が好き。味覚と痛みに少し敏感。)

――インタビューをさせてもらっています。悟くんに変わったのは、きっかけはありましたか?

 特にないです。

――レンタルさんの話をしたからですかね。

 そうかもしれない。haruくん疲れちゃった。誰も出なかったから、僕が出ました。

――悟くんにとって、haruさんはどういう人物ですか?

 放っておけない人。

――この本の中で「人は誰でも多重人格な部分を持っている」と語っていました。仕事用、学校用、家族用などの複数のキャラを生きていると。ただそこで「記憶をなくしてしまう」と病気だと思うとしていました。

 日常生活に支障をきたしているかが、病気かどうかの指標のひとつだと思います。支障をきたしていないのであれば、病院に通う必要はないし。でも主人格のharuは凄く記憶をなくすし。あと僕とか灯真が学校の授業に出ないから困ってたし。支障をきたしてたから、病院に行ったんだと思います。

――この本は読みましたか?ご感想は?

 原稿の時に。レンタルさんとのやりとりが非常に感慨深い。

――レンタルさんのどういう所が好きですか?

 物理をいっぱい知ってる所。僕がハイゼンベルクの不確定性原理っていうのを勉強して、レンタルさんに講義をする。僕が勉強したことをレンタルさんが聞いてくれる。

――物理の魅力とは?

 自然現象を数式にできるのが好きです。水の滴の落ち方は波動方程式にできるし、空気抵抗や重力を考えたらものを投げる放物線の計算もできるし。蜂の巣はなぜ六角形なのか。花弁の枚数はなぜフィボナッチ数列のようになるのか。自然現象は偶然なのにもかかわらず、数式で表されていくことが、物理学や生物学の魅力的な所です。

――勉強をすることで、何かを目指していますか?

 僕は勉強するだけでいいです。勉強するのが楽しいし。勉強と研究は違うんですけど、研究は僕よりもっと賢い人が皆やってくれるから。僕は吸収するだけで充分です。知りたいことを知れたらそれでいいです。

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