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ジジェク「パンデミック」書評 野蛮を脱する世界連帯の未来像

評者: 本田由紀 / 朝⽇新聞掲載:2020年08月29日
パンデミック 世界をゆるがした新型コロナウイルス (ele‐king books) 著者:スラヴォイ・ジジェク 出版社:Pヴァイン ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784909483584
発売⽇: 2020/06/24
サイズ: 19cm/127p

COVID−19以後の世界に訪れる「野蛮」状態という危機。それを回避する唯一の道とは何なのか? “最も危険な哲学者”による緊急提言。コロナ禍を「コミュニズム」への契機とし…

パンデミック 世界を揺るがした新型コロナウイルス [著]スラヴォイ・ジジェク

 本書の原著は、新型コロナウイルス感染症(COVID―19)の世界的流行が顕在化してきた、今年2月から3月にかけて執筆されている。それが急遽刊行され、さらに翻訳されて、7月に日本でも出版された。
 驚くべきは、流行の早い段階で短期間に書かれた本書には、全人類を脅かすウイルスがもたらす社会的・経済的・文化的な影響と、それをいかに乗り越えてゆくべきかについて、私たちが考えなければならないことがきわめて包括的に論じられていることだ。
 感染拡大をめぐり、国家はときに情報を隠したり歪(ゆが)めたりする。しかし危機のもとでは、独裁もポピュリズムも役には立たない。環境破壊は新しいウイルスの流行をこれからももたらし続ける。従来の市場メカニズムは十分に機能しなくなり、生産や流通を市場以外の方法で調整しなければならなくなる事態も生じる。「我々はみな同じ舟に乗っているのだ」。共通の脅威を前に、資本主義にしがみつくのでも、国家間対立でもなく、世界的な連帯こそが必要だと著者は述べる。
 より身近な生活に目をやれば、外出や営業が制限される中でも、いわゆるエッセンシャルワーカーは仕事を続けなければならない。感染症患者を受け入れる医療の現場では負荷と疲労が極限まで増大する。それは、テレワークで安全に隔離された「クリエイティヴなチーム業務」における利益や昇進をめぐる競争とは全く異なる性質の疲労であり、著者はその疲労が報われるべきだと主張する。
 描かれる新しい「共産主義」が夢想にすぎないと冷笑されるであろうことも著者はお見通しである。しかし、ロックダウンに際しての補償、検査キットの製造と供給などの形で、生命と生活を維持するための非市場的な施策はすでに現実化している。パニックと野蛮を脱してその先に進むことを選ぶのであれば、著者の掲げる未来像から目を背けることはできない。
    ◇
Slavoj Žižek 1949年生まれ。哲学者。リュブリャナ大上級研究員。『イデオロギーの崇高な対象』など。