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ブッカー国際賞、「ディストピア」がキーワード 小川洋子「密やかな結晶」も最終候補

小川洋子さん『The Memory Police(密やかな結晶)』

 小川洋子さん『密(ひそ)やかな結晶』が最終候補6作に残り、日本でも注目された今年の英ブッカー国際賞では、「ディストピア(暗黒世界)」がキーワードになった。

 当初5月に予定されていた受賞作の発表はコロナ禍で延期され、オンラインで8月26日に発表された。テッド・ホジキンソン選考委員長は「私たちは、みなが経験しているこのディストピアの時代に共鳴し、そのさらに先を行く、時を超えた価値を持つ作品を求めてきた。そしてそれは十分に報われた」と説明した。

 受賞したのは、オランダの29歳でこれがデビュー小説というマリーケ・ルーカス・ライネフェルトさんの『The Discomfort of Evening』。田舎の農場に暮らす家族の物語だ。厳格なキリスト教徒の両親を持つジャスは10歳のころ、飼っていたウサギの代わりに兄の死を願い、実際に兄を亡くす。口蹄疫(こうていえき)で飼っていた牛を殺処分しなければいけなくなり、徐々に家族が崩壊していく。選考委員の一人は「この物語は深い悲しみを扱っている。その悲しみは、世界への愛情に満ちた感覚の内に根を下ろしている」と評価した。

 『密やかな結晶』(英題The Memory Police、スティーブン・スナイダーさん訳)も「神話のような響きがあり、寓話(ぐうわ)でも、ディストピアでもある」と評された。帽子、リボン、小鳥、様々なものが消滅していく島で、秘密警察が消滅が滞りなく進むよう監視の目を光らせる物語だ。

 日本では1994年に刊行された作品だが、選考委員は「何年も前に書かれていながら、あまりにも現代的で目を見張らされた」と驚きを口にした。米トランプ政権下などでフェイクニュースが横行して真実が失われ、コロナ禍で人々が集まる様々な活動が控えられる現実が作品世界に重なった。(興野優平)=朝日新聞2020年9月2日掲載