寿司と相撲、大好きな要素を詰め込んだ
——おおとろやまにイクラまる、たまごのさとにいかのしん。みんなが大好きなお寿司が力士となって相撲を取る!? 「寿司」と「相撲」というありそうでなかった組み合わせがユニークな絵本『どすこいすしずもう』(講談社)。個性豊かな「すし力士」たちのキャラクターが人気だが、作者のアンマサコさんは「これが最後の絵本になるかも、という気持ちだった」と、製作当初を振り返る。
2010年に初めて『タップのゆめ』(講談社)という絵本を出してから、その後も2冊の絵本を手がけました。どの絵本も自分としては思い入れがあったのですが、制作を重ねるごとに「読者に本当に届いているのだろうか」と悩むようになって。アートの世界と違い、絵本は幅広い読者に読まれてこその媒体なのではないか。それには一体どんなものを作ればいいのだろう——ぐるぐると考えているうちに、自分が絵を描くのが好きなのかどうかも、分からなくなってしまった時期がありました。
そんなとき、ふと甦ったのが、ただひたすら楽しんで絵を描いていた小学生時代の記憶。お寿司の絵を厚紙に描いてワッペンにして遊んでいたら、友達から「わたしイカがいいな」「わたしはマグロ!」と、列をなしてリクエストされたことを思い出したんです。一人ずつお好みの寿司ネタを描いて渡すと、どの子も「寿司ワッペン」を胸に付けて大はしゃぎ。やっぱりみんな、お寿司が大好きなんですよね。他にも、寿司をつまみながら、「今日の大一番は大トロ対○○だったな……」なんて考えることがよくあったんですが、そこから「お寿司と相撲を組み合わせたら面白いんじゃないか」とひらめきました。
そんな寿司ブームのなか、擬人化した寿司の絵を描いて個展に出品したところ、デビュー以来ずっと担当してくださっている編集さんが、「これ面白いですね!」と言ってくれたんです。それが絵本の「すし力士」たちの原型ですね。その後、ダメもとで「これ、絵本になりますか?」と、ラフを持っていったら「今までで一番いい!」と、思いのほか好評で。「これがうまくいかなかったら、絵本はやめよう」という覚悟で臨んだことを覚えています。
くだらないことを大真面目に
——人形を使った精緻な立体造形の絵本『タップの夢』をはじめ、『そらとぶでんしゃ』『おたんじょうびケーキ』など、前作までは異国情緒を感じる正統派のファンタジー。一方、「どすこいすしずもう」シリーズは寿司に相撲という純和風のテーマにナンセンスなユーモアもたっぷり、と作風が一変した。
歌舞伎や相撲、江戸前寿司……実は、もともと江戸の文化が大好きなんです。また、今までの作品は静かな雰囲気のものが多かったので、作風の変化に驚かれた読者もいるかもしれませんね。
『どすこいすしずもう』を作るときに決めた編集さんとの合い言葉は、「くだらないことを大真面目にやる」。取組も最初のラフの段階では、突き出しや寄り切りなど実際にある相撲の決まり手で勝敗を考えていたのですが、それでは寿司が相撲を取る意味がない。タコとイカの取組では「きゅうばんせおいおとし」など、「そのネタならでは」の技を考えました。「タコの吸盤ってくっつくのかな?」と、お寿司を食べながら実際に試したり、楽しみながら試行錯誤しました。
大変だったのは、「すし力士」たちのキャラクター作り。47都道府県すべてにその地域出身の力士を設定して、趣味や性格、好きな言葉までキャラクターの背景を細かく考えました。「すし力士」を描くときに、参考にしたモデルもいます。たとえば、歌舞伎メイクの「くるまえびぞう」は市川海老蔵さん。「ふぐのさと」は曙、「かつおのしゅん」は高見盛など。自分の中に確固としたイメージや思いがあると、そのキャラクターも生きてくる。お気に入りは、故郷の岐阜県出身「あゆのいわ」と、我々世代のスター、千代の富士をモデルにした「おおとろやま」ですね。
卓越した画力が生み出すおかしみ
——緻密なタッチで描き出されるすし力士たちにシュールな面白さを感じる本作。原画を見るとさらに、寿司ネタのリアルな色艶と質感の表現に圧倒される。
絵はアクリル絵具をベースにして、細かい部分をカラーインクで描き込んでいます。日本画の顔料も使っていますね。メーカーによっても発色が違うし、「ここの赤はこの色でないと出せない」という部分がたくさんあるので、どうしても使う画材は多くなります。迷いなくサッと描けるときはいいんですが、1枚の絵に1週間かかることも。不思議なことに、「これで完成」というときは筆がピタッと止まる。いくら描き足そうとしても一筆も入らなくなるんですよね。
一日のスケジュールを言うと驚かれますが、朝は2時に起きてすぐに絵を描き始めます。この時間帯ってまわりが静かで、作業にすごく集中できるんです。「太陽の光にあたらないとリズムが崩れる」と聞いたので、朝5時になったら中断して、近くの河川敷で1時間ジョギングします。朝食を取り、また7時ごろから仕事を始めて……だいたい17時ごろになると電池が切れる。後はのんびりと晩酌したり、入浴したりして21時には就寝。「ストイック」というよりも、とにかく絵を描きたくてたまらなくなって、毎日2時には目が覚めてしまうんですよね(笑)。どんなに忙しくても、いったん描き始めてしまえば、心の底から楽しくなってくるんです。
全国のすし力士から“推し”見つける楽しみも
——9月に続編『どすこいすしずもう おおとろやまのひみつ』『どすこいすしずもう たまごのさとのひみつ』(いずれも講談社)の2冊を同時発売。2021年春にはアニメ化も決定している。
アニメ化のお話をいただいたときは本当にうれしくてモチベーションもグッと上がりました。フリーランスとなる以前に所属していたアニメーションや実写映画の企画・制作会社「白組」が『どすこいすしずもう』のアニメ化を手がけることとなって、私も制作に参加させてもらっています。主題歌はケロポンズさん、「お茶解説者」は森三中の大島美幸さんなど、歌やキャストも豪華で放送・配信が今から楽しみです。
絵本の続編は「すし力士」たち一人ひとりのキャラクターを掘り下げたオムニバス形式。人気の「おおとろやま」「たまごのさと」に登場してもらいました。今は歌舞伎メイクの「くるまえびぞう」を主人公にした絵本を制作中。「くるまえびぞう」の誕生秘話や、歌舞伎独特の演出なども見どころです。
毎日のように「すし力士」たちを描くなかで感じるのは「お寿司って本当に懐が深くて広がりのある文化だなあ」ということ。当初は、「江戸前寿司」をイメージしていましたが、一口に寿司といっても、子どもにもお馴染みの回転寿司、家庭で食べるお寿司、地方にしかない寿司ネタや郷土寿司もあります。子どもから大人、おじいちゃんおばあちゃんまで、世代を超えて好かれる食べ物がお寿司なんですよね。47都道府県に一人ずつ、出身のキャラクターがいるので、ぜひ家族みんなで自分の“推し”力士を探して楽しんでもらえればと思っています。