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アトウッド「獄中シェイクスピア劇団」「誓願」 アイデア抜群 高精細の描写力 朝日新聞書評から

評者: いとうせいこう / 朝⽇新聞掲載:2020年10月17日
獄中シェイクスピア劇団 (語りなおしシェイクスピア) 著者:マーガレット・アトウッド 出版社:集英社 ジャンル:戯曲・シナリオ

ISBN: 9784087735079
発売⽇: 2020/09/04
サイズ: 19cm/381p

誓願 著者:マーガレット・アトウッド 出版社:早川書房 ジャンル:欧米の小説・文学

ISBN: 9784152099709
発売⽇: 2020/10/01
サイズ: 20cm/599p

語りなおしシェイクスピア1 テンペスト 獄中シェイクスピア劇団/誓願 [著]マーガレット・アトウッド

 世界の大物作家の一人であるカナダのマーガレット・アトウッドは、今年のノーベル文学賞でも確率の高い候補として存在感を示したし、日本でもこれまで多くの翻訳が出ている中、この2カ月立て続けに注目作品が出版された。
 ひとつは『獄中シェイクスピア劇団』。有名作家たちがシェイクスピア戯曲を書き直す企画の一環らしいのだが、このマーガレット版の洒落(しゃれ)のめした小説が凄い。
 主人公はフェリックスという演出家で、彼はまさにシェイクスピア劇を過激に解釈し直すので知られた演劇人という設定。しかし彼は冒頭、政治的に立ち回る者らによって芸術監督の座を奪われる。
 ところが失意の男のもとに、とある仕事が舞い込む。それがなんと、獄中でのとある上演である(本の題名にも「獄中」とある以上、ここまでのネタばれは許されるだろう)。フェリックスはどうしても芝居から離れられない。
 と同時に、栄光に満ちていた過去に上演出来なかった『テンペスト』が彼の主題としてせり上がってくる。それはシェイクスピア作品の中で「復讐(ふくしゅう)」を扱ったもの。
 役者になった者とフェリックスは『テンペスト』について縦横無尽の議論をし、演出や配役を決めていき、この復讐劇の中で「現実の復讐」を遂げようとする。
 とんでもない登場人物、汚い言葉だらけのラップ、ギャグ満載。だが深いシェイクスピア論でもあるというきわめて複雑な入れ子構造が実に素晴らしい。
 もう一冊は35年前のベストセラー『侍女の物語』の続編、あるいは別バージョン『誓願』。
 アメリカがキリスト教原理主義者のクーデターで、徹底的な女性差別の「ギレアデ共和国」になった世界のディストピア小説が元だが、おそらく執筆時よりリアリティが増す中、アトウッドはどうしてもその奥にある「歴史」を書かずにはいられなかったのだろう。
 前作が1人の視点で徹底的に暗く描かれたのに対して、今回は3人がひとつの時代を描くスタイルで、それが次第に交差していくエンタメ性はさすがアトウッド。しかもエンタメ性が強まれば、その分だけギレアデ政権の残酷な思想や行動も事細かに描かれる。
 息の詰まるような独裁国家の洗脳、監視、また家父長制を後ろ盾にした性暴力といった理不尽の中、ある種の女性たちが各々(おのおの)の信念で立ち上っていく。それこそ解説にもあるが「女性の連帯(シスターフッド)」をアトウッドが無言で呼びかける姿が目に浮かぶ。
 どの小説も抜群のアイデアにあふれ、細かい描写にまで調査が行き届いており、世界的な小説のレベルがいかに高いかよくわかる。
 翻訳者にも拍手を送りたい。
    ◇
Margaret Atwood 1939年生まれ。カナダの作家・詩人。85年に発表した『侍女の物語』は世界的ベストセラーに。2000年に『昏き目の暗殺者』でブッカー賞。19年に『誓願』で2度目のブッカー賞受賞。