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BL担当書店員が選ぶ「読書の秋、文化の秋に読みたい」2作

「人を愛するとは?」を問いかけてくるヒューマンドラマ(井上將利)

 「読書の秋、文化の秋に読みたい作品」として、歴史的な側面にも触れつつ強烈な絆の形に衝撃を受けた作品、渡瀬悠宇さんの『櫻狩り』(小学館/全3巻)をご紹介したいと思います。

 大正9年、第一次世界大戦後の日本が舞台。長い大恐慌が続き、銀行や商社など大手企業が倒産することも珍しくない社会情勢の中、激動の世の中だからこそ出会った2人の青年と彼らに関わる人間たちの心を描いた本作。本作が「どんな作品か」という点については恐らく読者一人ひとりが様々な想いを抱く、そんな不思議な存在であると思いつつ、一方で作者が語る“ヒューマンドラマ”という表現がまさに相応しく、腑に落ちる作品でもあります。今回はそんな本作を電子書店の1人のBL担当として、作品に触れ感じた想いを交えてご紹介出来ればと思います。

 田神正崇(たがみまさたか)は貧しい家庭の末っ子に生まれ、幼少期に他所へ養子に出された過去を持ち、「生まれた意味を知る為に」「強く生き抜く為に」と、いわゆるエリート人材を数多く輩出していた帝国大学の予科にあたる一高(第一高等学校)への進学を目指す17歳。田舎から上京してきた正崇は、偶然にも侯爵家の跡取り、斎木蒼磨(さいきそうま)と出会い、彼の屋敷で書生として生活することとなります。

 蒼磨は病気療養中の父に代わり家や事業を切り盛りする将来有望な御曹司。父がイギリス渡航中に愛した女性との子供であり、14年前に養子として日本に渡ってきた複雑な過去を持つ青年で、その端整な顔立ちと容姿から巷では「西洋人形様」と呼ばれていました。

 正崇も初めて蒼磨を見た時には「こんな美しい男が、此の世に居るのか」と驚きましたが、屋敷で働くうちに蒼磨のことを兄のように慕い、そして蒼磨も正崇の汚れない心に徐々に惹かれていくのでした。

©渡瀬悠宇/小学館

 しかし、蒼磨には正崇の知らない秘密が……。蒼磨の魔性ともいえる美しさは周囲の人間を狂わせるほどで、使用人や会社の部下、主治医など何人もの男女と関係を持ち続けており、そしてその多くは蒼磨に対する独占欲に駆られ破滅していくのでした。普段の蒼磨からは想像できないような淫行の数々、その秘密は正崇だけには知られたくなかった蒼磨ですが……。

 まるで玩具のように愛されるばかりだった蒼磨。それでも汚れない心で慕ってくれる正崇は、蒼磨が自分から「愛そう」と、「本当の僕を受け入れてくれる」と密かに切望した存在だったのではないかと思います。

 しかし、最悪の形で蒼磨の秘密は露見し、ここから物語は全く違う表情を見せていきます。

 作者のあとがきに書かれている「『人間』の『人間』へ抱く愛」という表現が感情と欲の暴走を伴いながら突き詰められていく本作。サスペンスやラブストーリーなどといったカテゴリ分類では形容できない、いや、するべきではないと感じさせるほど複雑な感情が入り混じる作品であると同時に、目の前で起こっている事実を理解することに怖さすら覚えます。

 『櫻狩り』がどんな作品か、それは「人を愛するとは?」という問いと同じくらい沢山の答えがあるのではないでしょうか。皆さんにもご自身の答えと出会っていただけたら幸いです。

和の風情が楽しめる日常系×ファンタジー(キヅイタラ・フダンシー)

 涼しくなって気持ちのいい季節、短いけれど、秋にはいろいろなことが似合いますよね。世間でよく聞く“読書の秋”から発展して、“文化の秋”ともいわれますが、そんな季節にぴったりかも!と思う、文化や風情を感じられる作品に出会いました。

 中野シズカさん『てだれもんら』(KADOKAWA/既刊1巻、続刊中)

 なんだか不思議なタイトルです。指先で魅せる“手練れ者たち”=「てだれもんら」という意味なんですね! その作品名のとおり、メインとなる登場人物は、小料理割烹で働く板前・トオルと庭師・明、2人とも職人さんです。

 トオルは元ヤンですが、料理の腕前はピカイチ。たまの土曜日に明の家でする宅飲みが好きで、明からの連絡を楽しみにしています。2人は付き合っているわけではなく、今はトオルの片思い。どんな料理を作るかスーパーで考えながら、足早に夜の静かな商店街を抜けて明の家に向かい、少し息を切らしながら扉が開くのを待つ――。このシーンがとっても好きです。本作は明確にBLジャンルを謳っているものではありませんが、トオルの視点に立つと「恋してるんだな~」って伝わってくる1コマ1コマにキュンキュンしてしまいます。

©中野シズカ/KADOKAWA

 一方、寡黙な明はちょっとミステリアスな雰囲気で、トオルとの時間を楽しんでいるようには見えますが、そこに特別な気持ちがあるのかどうか読めず……(笑)。庭師の仕事といいながら夜に連絡がつかなくなることもあり、トオルをやきもきさせます。実は庭師の仕事は、単に植木を剪定するだけではなく、“庭の怪(ケ)”と呼ばれる妖怪のような存在の手入れもあり、能力のある明は厄介な怪も相手にしていたりするのでした。トオルは知りませんが、庭師の仕事の戦利品で得られる松露や梅などの食材が2人の酒の肴になっているのもほっこりします。

 そんな日常とファンタジーが絶妙なバランスで入り混じる本作ですが、トオルの作る料理や明の手入れする日本庭園など、和を感じさせてくれる描写がとても繊細で活き活きしているのが、特に推しポイントです! すごく綿密に写実的に描かれているというわけではないのに、数多く出てくる小料理は一品一品が艶やかに美味しそうで、庭の風景も木や花や池の空気感が伝わってきて、緑の薫りがしそうな雰囲気なのです。普段の生活からは遠ざかりがちな日本文化に触れられた気がします。

 1巻では秘められた過去が垣間見えるラストになっていて、続刊がとても気になる展開に……! 2人の“てだれもん”を巡る物語、注目したいと思います!