魅力はひと言では言いにくいということを、一冊かけて書きました。ただ、はっきりしているのは、時代色がなく、古びないということ。一見、三角関係にある登場人物たちが、じつはまったく違う関係にあったというような、人間関係の先入観を逆手に取りながらミステリーとしての驚きを演出するからです。いまにつながるミステリーの原型をつくった人でもあると思う。
最初に挙げたいのは『春にして君を離れ』。メアリ・ウェストマコット名義で書かれ、ミステリーではありませんが、手法は彼女のミステリーそのもの。読書会向きというか、読む人によってどこに感情移入するか印象が全く変わる。人間観察を核にドラマを生んできた作家としての怖さ、底知れなさが最も出ている。物事が見たままではなかったというのはクリスティーの基本になっています。
『春にして~』に続き、『終(おわ)りなき夜に生(うま)れつく』を読むと、クリスティーの印象ががらりと変わるはず。最晩年の作品で、ユーモアを除いて彼女の全てがここにあります。恋愛や結婚といった主題を織り交ぜ、幻想小説の趣もある。設定はゴシック風ですが、物語自体は現代のサスペンスとなんの遜色もない。彼女の人間観が核心として仕込まれ、トリックそのものよりも、解明された真相の悲劇性に驚かされる。
一転、とにかく読んでいて楽しいのが、『パディントン発4時50分』。ミス・マープルものですが、脇役のキャラクターが光る。現代社会は家事労働力不足という問題を抱えているとして、フリーランスの家事請負人を続けるルーシー・アイルズバロウが登場します。彼女はミス・マープルの目となってある屋敷に潜入する。ライトノベルに出てきてもおかしくない、ゴルゴ13のようなキャラクターなのに、登場するのはこの一作のみ。クリスティーは自立した女性を描くのがほんとうにうまいです。(構成・興野優平)=朝日新聞2020年10月28日掲載