1. HOME
  2. インタビュー
  3. 新作映画、もっと楽しむ
  4. 映画「滑走路」水川あさみさんインタビュー 早世の歌人に導かれ、丁寧に演じた葛藤する女性像

映画「滑走路」水川あさみさんインタビュー 早世の歌人に導かれ、丁寧に演じた葛藤する女性像

文:志賀佳織 写真:篠塚ようこ

心の奥底に秘めた気持ちに、優しく寄り添いたい

──いじめ、非正規雇用、自死などがテーマとして扱われているということで、もっと重い印象なのかと思ったのですが、心にずしりと残るものはありながら、温かな希望の光が得られる作品でした。

 そうですね。なかなか苦しいお話ではあるかもしれないのですが、観てくださった方皆さんに寄り添える作品になっているのではないかと思います。誰でも、自分の心の奥底に秘めている、人には見せたくないような気持ちを抱えていると思うんです。そういうものを優しく包み込んで寄り添って、少しでも希望を与えたり、背中を押したりできればいいなあと思いますね。

──物語は時を行きつ戻りつしながら3人の同級生の歩みを交錯させますが、希望の光を見出していく過程で、水川さん演じる翠が担う役割は大きいですね。どう捉えて演じられましたか。

 ある意味、とても不器用に生きてきた女性、30代後半にさしかかって、あふれるほどではないけれども、それなりの幸せを手にしているし、アーティストとしても成功している。夫という家族もいて私生活も幸せではある。だけど、果たしてそれらすべてを自分で意思をもって選択してきたのかなというと、そこは疑問が残るところでもあって、なんとなく漠然とした不安の中を生きている。世の中の女性が不安に思ったり、悩んだり葛藤したりするようなことを寄せ集めたのが、この翠という人物のような気がしますね。

──そういった心模様を演じるにあたって、役作りの上で気をつけられたことはありますか。

 その場面、場面で、ひとつひとつ監督と丁寧に相談しながら演じてはいきましたけれども、全体的に器用に見えないようにということは気をつけていました。私の性格上、動きが速くなってしまうことがあるのですが、その所作では彼女らしく見えない。少しドジな面もあったり、ゆっくりと時間が動いているような人であったりしたほうがいいのではないかと監督とも話をしたので、そこは意識して演じるようにしました。

 日々、生活していれば、誰でも選択しなければいけないこと、それによって葛藤すること、いろいろあると思うんです。彼女の生活も傍目にはとても順調そうに見えるけれども、夫とのすれ違いにも悩むし、仕事のキャリアのこと、子どものこと、いろいろな面で岐路に立たされている。きっと女性であれば多かれ少なかれ誰もが共感できるところのあるキャラクターなのではないかなと思います。そしてひとつひとつを慎重に選択するからこそ、不器用ながらも希望に向かっていけるのではないか、そんなふうにも感じました。

©2020「滑走路」製作委員会

「選択の連続である人生」に共感を抱いて

──原作となった歌集にはどんな印象を持たれましたか。

 いろいろな思いや葛藤を繊細な表現で歌にしていらっしゃって、でもグレーのベールがかかっているような、切ない感じも受けました。映画はこの歌集の世界をモチーフにしていますが、歌集は歌集としてその世界を味わいました。

 心に残っているのは、「自転車のペダル漕ぎつつ選択の連続である人生をゆけ」という一首です。すごく素敵だなぁと思って。先ほどの答えの続きのようになってしまいますが、人間って1日に何千回、何万回という選択をして生きているらしいんですね。確かに「選択」そのものが人生という気もします。その意味で、この歌には非常に共感も抱きました。

──本はよく読まれますか。

 映画やドラマの仕事に入ってしまうと、私は演じる側だからかもしれませんけど、台本を読むので小説を読む機会は減ってしまいますね。「これ面白いよ」と薦められたり、自分でやってみたい役を探してみようかなんていうとき以外は手に取らなくなりました。代わりに健康とか料理をテーマにした実用本を読みますね。

 子どもの頃は漫画家になりたいと思うくらい、漫画に夢中になったこともありました。その頃は『美少女戦士セーラームーン』や『ドラゴンボール』『SLAM DUNK』などの名作、ヒット作がたくさん流行っていたので、よく読みましたね。

リアリティを生み出すために、日常生活をきちんと生きる

──水川さんといえば、シリアスな役からコミカルな役まで、演じられる役柄も幅広いですよね。そのどれもがすごく自然で「あ、こういう人いるよね」という感じで引き込まれてしまいます。演じるにあたって、どんなことを心がけていらっしゃるのでしょう。

 ありがとうございます。うーん……そうですね、必要ないときもありますが、基本的に私はリアリティを大事にしています。たとえそれがファンタジーの作品であったとしても、リアリティを持つことの大切さをいつも考えていますね。それって結局、自分の日常をどう生きるかということとつながってくるんですね。自分の日常生活を、ちゃんと自分として生きる。当たり前のことを当たり前にできるようにする。普通のことを普通にできるようにする。そういうことを心がけていないとリアリティは出なくなってしまいます。普通が何かというのも難しいですけど、いつも心に留めてちゃんと考えられたり受け取れたりする人間でありたいと思うんです。

──それは画面に出てきてしまうものでしょうか。

 うーん……わからないですけど、私自身はそう思ってやっていたいなと思いますね。たとえば今回は切り絵作家であり、主婦でもあるという人物。その人が本当に存在して生活している人なのだと見ている方が想像力を違和感なく持てるように、翠という人間の日常を組み立てる。それは、やはり自分自身が日頃からちゃんと日常生活を実感を伴って送っていないとできないんだろうと思うんです。当たり前といえば当たり前のことなのですが、作品を重ねても、そこだけはおろそかにしない、胡坐をかかない、そういう気持ちで向き合いたいです。

©2020「滑走路」製作委員会

──今年はエンターテインメント界も様変わりしました。それでも世の中は作品を待ち望んでいます。演じる側として今どんな思いを持っていらっしゃいますか。

 変わってしまったのはエンターテインメントの世界だけではなく、世界中のあらゆることが変わってしまったので確かに厳しいですね。こういうことになるとエンターテインメントはいちばん最初に必要ないよねと言われてしまいますが、そう言われながら結局、どんな時代でも残ってきました。人の心を楽しませたり癒したりするものは、必ずこの先も残っていくべきであろうと希望を込めて思いたいですね。不安を抱えているばかりではなくて、こういう状況をチャンスに変えていくことを考えるのも私たちの課題です。制作側は皆さん覚悟を持って作っているので、私もずっと携わっていきたいと願っています。