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ジャルジャル・福徳秀介さん『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』で小説デビュー 「泣きながら書いたことも」

文:加賀直樹、写真:北原千恵美

最初は趣味で書いていた

――このたびは刊行、「キングオブコント2020王者」、そしてご結婚、おめでとうございます!

 おおっ、ありがとうございますっ! 今回、初めて長編小説を書かせてもらいました。僕のすべてをさらけ出しました。

――約4年もの歳月をかけて執筆したそうですね。そもそも、小説を書こうと思ったきっかけは。

 もともと短い話を書いたりしていたんです。で、「ちょっと(長編を)やってみようかな」という感じで、一度、3カ月ぐらいかけて書いてみた。それを、別に目的もなく、一人で改稿し続けて、……結局、2年ぐらいひとりで改稿を重ねていました。ひょんなことでそれが出版の話になり、プロの編集のかたを交えて、2年間かけて改稿していった感じです。

――すると、最初は出版社から依頼があったわけではなかったのですね。

 そうですね。個人的な趣味で書いていました。これまでも、絵本を出したことはありましたが、絵本とは別モノの感覚で、「ちょっと長いのも書いてみようかな」って感じです。

――子どもの頃から小説が好きだったのですか。

 好きだったのは中学終わりからぐらいやったんですけど、中1、中2ぐらいの時は作文……じゃないわ、なんやったのかよく分からないんですけど、一日の最後にその日の反省を書く、みたいな。それを先生に提出する、みたいな。

――連絡簿みたいなノート、ありましたよね。例えばどんなことを書いたのですか。

 これがね、今、1個も思い出せないんですよ。1個も思い出されへん。でも、ふざけて、いろんなことを書いていたんです。適当な作り話。架空の話、時事ネタのニュースについて感じたことを、3行でぎっしり書いていたんです。先生が、いつも「ひと言コメント」を書き添えてくれるんですけど、ある日、「じつは福徳君のこれが楽しみです」って書いてくれた。その喜びが今でも記憶に残っていますね。

「雲は空にしかいられない」
 亡くなった祖母の言葉。
 自分の居場所は必ずどこかにある。それがたくさんある人もいれば、雲のように、たった一つしかない人もいる。
 自分の居場所はどこだろう。
 現状、僕の居場所はこの大教室ではない。    (本書より)

――国語の授業はもともと好きだったのですか。

 嫌いでした。僕、昔、アメリカに住んでいて、帰国子女やったんで。ずっと日本語が苦手やったんで、国語は嫌いでした。

――その頃に読み始めた作品、作家で思い出すものは。

 「恋愛モノ」が好きでした。あとはジブリの「耳をすませば」が大好き。あの映画を観て、なんか、めちゃめちゃおもろくて。そこから「小説も、それぐらいのやつ、あるんちゃうか?」という感じで読み始めていったのが始まりです。

 大教室には学生が200人以上いて、数えきれないほどの輪ができる。特に二時限終わりは昼休みが始まる時間でもあり、余計に増える。昼休みをその友達と過ごしたいのか、一人で過ごすのが嫌なだけなのかは曖昧。
 それらの輪を眺めるのが嫌いだ。だからいつも出入口に近い席につき、一番に退室をする。
 しかし今日は違った。
 ある女子学生が僕よりも早く立ち上がり歩き出した。
 先を越され、一瞬苛立つ。
(中略)彼女は、幼い頃祖母に教えてもらった、幹に直接咲く一輪の桜――胴吹き桜のように、粛として孤立していた。     (本書より)

架空とリアルの距離感

――さえない大学生の主人公・小西君は、不器用ながらどこか見守ってやりたくなる存在。彼が強く心惹かれていく凛とした女子学生・桜田さん、彼のバイト先「めめ湯」で一緒に働く、さっちゃん、彼の親友・山根君。どの人物も愛すべきキャラクターです。

 設定は、まず主人公の小西君から考えました。さえない大学生活を送っている。そんな男の子は、どんな女の子を好きになるんやろか。どんな友達がいるんやろか。どんな所でバイトしているんやろか。そのバイト先にはどんな子がいるんやろか……。そんなふうに考えていきました。主人公の小西君を軸に厳密に考えていった感じですね。

――小西君は、福徳さんご自身の母校、関西大学に通っています。小西君のバイト先「めめ湯」は、実際にあるのでしょうか。

 モデルとなった銭湯は実際にあったんです。でも、「めめ湯」っていう名前ではなかったんですけど。

――やはり。「めめ湯」で検索してもヒット0件で、「おそらく名前は違うのだろうな」って。

 ははは。調べて下さったんですね。架空の名前にしました。そして、もう銭湯自体無くなっちゃっているんです。(物語に出てくる)「喫茶ため息」も実際にはありません。でも、桜田さんがバイトしている店「ブーケ」はほんまにあった。あと「(カフェ・)ジャポネーゼ」ってサンドイッチ屋さんもほんまにある。……今は移転したんですけど。

――「正門前の、イケてる学生が並んでいる店」ですね。

 そうですそうです。それはほんまにあって。

――その、「本当にあるもの」と「無いもの」との距離感について。ご自身の私小説的な側面もあるように読んだのですが、自身の経験を文字にする思いや葛藤には、どんなものがありましたか。

 最初は架空の大学でずっと書いていたんです。でも「何か、リアリティないな」って自分の中で思い始めてきた。「そんなだったら、ほんまの大学にしよう」。どこか大学見に行こうかなって思ったんですけど。よう考えたら「関大でええやん!」って。ただ、ほんまの大学で書き始めると、逆にプレッシャーがある。名前を背負っただけに、ヘタな話はでけへんし。でもまあ、このほうが絶対良いものになるという気がしていました。

――登場人物の小西君は、福徳さんご自身を投影したものですか。

 違いますね。「さえない大学生」「楽しめていない大学生」をイメージしてつくった人物です。

――ご自身は、大学入学と同時に吉本興業に所属していますね。華やかなイメージ。福徳さんご自身は「キラキラ系」の大学生だったのかな、と。

 いえいえ。やっぱりね、芸人になって、テレビとかまだ出ていないと、変人扱いされるんですよ。キラキラなんかじゃない。「何じゃ、あいつら?」みたいな。「いっつもネタ合わせしとんな」って。黄色い声なんかあるはずもなく、あまり良い感じじゃなかったと思います。

――そうすると、「授業が終わるや否や、教室を出ていく」というのは。

 僕もドアの一番近い席に座って、すぐ出られるように、というのはやっていました。

「ブワーッと」2日で6万字

――福徳さんご自身は、或る辛いご経験を10代の頃にされています。物語には、そのご経験を想起するような展開があります。物語を書くうえで、やはり盛り込まなければと考えたのですか。

 最初は全然書くつもりがなかったんです。全然なかったんですけど、改稿の段階で……。当初12万字ぐらいあったんですけど、(編集者に)6万字ぐらい削除されたんですよ。「どうしよう!」ってなった時に、「自分なりにちょっと展開を作ってみよう」と思った。展開を自分で変えて書いたら、しぜんとそういう話になったんです。ガラリと話が変わっていく感じですね。

 「とりあえず書いてみよう」と思って書き始めたら、一気に最後までバーッて書き進められた。気が付いたらこんな話になりました。登場人物の関係性の設定も、最初はなかったものが生まれました。

――そのように、物語が転がり始めた瞬間のことを覚えていますか。

 はい。とんでもない高揚感を覚えました。2日で6万字ぐらい書いたんですけど、止まらなくなって、トイレに行く時間も無駄なぐらい、ブワーッて書けた。

――2日で6万字も? 凄まじいですね。

 気持ちも入り過ぎた。途中、或る登場人物の長台詞のところ、泣きながら書いちゃったりして。かなり気持ちが入りました。自分がどう、というよりも、人物になり切った。気がついたらむちゃくちゃ長くなって。

――でも、その場面の心情は、読者に強く強く伝わってきます。ご自身も、書き進めることで、これまでご自身が抱いてきた心境に変化を及ぼしたのでしょうか。

 そうですね。ヘンな話ですけど、まったく別のかたちで「アウトプットできたな」という感じはあります。当時、それを経験した上で、「この登場人物なら、こういう場面だったら、こういうことになるんではないか」っていうのは、「自分なりに分かったので、書けた」って感じ。実体験を経て感じたことを知っているから書けた、みたいな。

 「お姉さん、あと良かったら法事のときはひと声お願いします。本当にこの度はご愁傷様でございます」
 (中略)直後、数回地団駄を踏んだ。
 そして大声を張り上げた。
 「嫌じゃ!」
(中略)
 「嫌じゃ! 嫌じゃ! 嫌なんじゃ!」
 再び、(中略)太い声を発した。    (本書より)

――この場面以外でも、福徳さんでないと書けないだろうな、というような、或る言葉に心を打たれました。ネタバレになるため、記事に記すことができないのが、何とももどかしいですが……。

 ああ、そこですね。それは、若干自分の気持ちに近いものがありますね。

知り合いには読まれたくない

――それにしても、これだけ多忙な毎日のなかで、よく執筆の時間を確保できましたね。

 モノづくりは基本、好きなんです。そこに対する苦はないですね。楽しかった。

――ジャルジャルのネタを長年見てきたファンも、内面に抱えておられる繊細な、ヒリヒリする部分に驚かれるはず。「こんな一面をお持ちなのか」と、多くの読者がビックリされると思います。

 恥ずかしい部分です。知り合いにはホントに、冗談抜きで読んでほしくないって思います。僕のことをあんまり知らない人には存分に読んでほしいですけど、知り合いには読まれたくない。

――相方の後藤さんはまだ読んでいないのですか。

 読んでいないです。僕から「読んでくれ」って渡すことはないです。彼次第です。

小学五年の運動会。
クラス対抗リレーで第4走者を任された。1着でバトンを受け取り、あとはアンカーに繋ぐだけだった。しかし背後から近づいてくる足音。このままでは抜かれると思い、わざと転けた。(中略)
「抜かれたから恥ずかしかったの?」
 鋭い祖母に何も言えずにいると、僕の頭を撫でながら優しく言った。
「恥ずかしいときは、自分を他人と思いなさい。すると、これっぽっちも恥ずかしくないから」
 祖母の手は僕の罪悪感を全て吸い取るように頭を包み込んでくれた。その瞬間は世界中の誰とでも戦える気がした。  (本書より)

――主要人物とは別に、お祖母さまが様々な場面で小西君にかける言葉が胸に染みます。

 これも、書いていく上で、「いま、この登場人物を助けられる言葉は何だろうな」って考えて、全部考えた言葉です。

――え? 実体験だと思っていました。全部、福徳さんの中から出てきた言葉なのですか。凄い。

 そうなんですよ。僕自身、この言葉に助けられることもある。ヘンな感覚です。

――意識的にそういう言葉を随所に散りばめているのですか。

 そこも若干意識はしています。他人を否定しない環境で育った人は、結果、不器用に生きてしまう。僕なりのナゾの考えがあって。小西君でいうと、そういう環境に育ったぶん、不器用に生きちゃっている。

――それが独特の温かみを醸しています。この物語を、どんな方々に手に取ってほしいですか。

 最初は中高、大学生ぐらいの、本を読んだことがない人たちを意識して書き始めたんですけど、もう結局4年かけて書いて、書き終わって感じるのは、ホントに、関係なく全世代、全員に読んでほしいなって思います。さっきは知り合いに読んでほしくない、なんて言っちゃいましたけど。会社とか、学校とか、あんまり自分が環境に満足がいっていない人に読んでほしいですね。

――今後はどんな作品を? 創作の展望は。

 そうですね、今回初めて長編を書いて、4年かかったんですけど、やっぱりアマチュア。4年かけて本気で書いたんで、もし次を書くとなったら、6年ぐらい掛かってしまうかも知れない。でも、また次も何か書けたら良いなって思います。最初は「恋愛100%モノ」を書く予定が、いつしか、僕が人生で経験した最も辛かった出来事、感情、見えた景色をそのまま(登場人物の)桜田花ちゃんに代弁してもらいました。本気で書きました。どうかよろしくお願いします。