「同人誌というのは、ぼくたちのまんがの、最もぼくたちらしい部分だという気がします。ぼくたちにとって、まんがというのは、ぼくたちがそれを描くことも、それについて語ることも、自由自在にできるのだという意味で、まさにぼくたちのメディアであるわけですから」
これは「プガジャ」の愛称で親しまれた関西の情報誌、『プレイガイドジャーナル』1978年3月号の特集記事の冒頭に掲載された文章だ。執筆したのは、のちに同誌編集長も務めるマンガ評論家の村上知彦氏である。
京都国際マンガミュージアムには研究者やマンガ関係者から寄贈された、貴重な資料も収蔵されている。先述の「プガジャ」のほか、当時の同人誌・ミニコミ誌や雑誌などを多数含む「村上コレクション」はそのひとつだ。マンガが若者たち自身の表現メディア=「ぼくたちのまんが」となっていった1970年代の熱気を伝える資料群となっている。
同ミュージアムではこの「村上コレクション」を来館者へ紹介するべく、ミニ展示コーナーを来年開催する予定だ。初回はミニコミ誌・同人誌など、自分たちの表現メディアを手にした若者たちの機運が伝わるような資料を紹介する。
「村上コレクション」の資料が伝える「ぼくたち」が互いに描き・読み・語り合うという営みは、今日のマンガ文化の豊かさ、奥深さを支える土壌となってきた。それを作り上げてきたのは、描き手と読み手だけではない。
ポピュラー文化の研究では、自然界の生態系が生命間の複雑な関係で成り立つのになぞらえ、ときに「文化の生態系」という言い方がなされる。マンガ文化の「生態系」の基盤となる土壌は、アマチュアの描き手や熱心な読者だけでなく、「同人誌」というメディアや、それが行き交う「即売会」という場によっても支えられてきた。
コロナ禍はこうしたマンガの「生態系」を脅かしている。同人誌即売会の最大手「コミックマーケット」は夏に続き冬も中止を決定した。1975年の第1回以来、通年での開催断念は初めてのことだ。また、オリジナル作品のみの即売会「コミティア」は今後も場を継続していくため、8月末にクラウドファンディングで支援を募集。1日足らずで目標金額を達成し、いかに危機感と共に関心が寄せられているかを示した。
一方、日本各地で開催されてきた、より小規模の即売会はさらに難しい状況にある。中止した場合に、のちに再開できる見通しも立たないなかで、ついたてごしの同人誌のやりとりや参加者間の感染防止策徹底、感染者接触確認アプリの利用など、アフターコロナ時代に即した同人誌即売会のやり方が模索されている。
また、描き手とともに「同人誌」というメディアを支えてきた、印刷会社も危機にある。コミックマーケット準備会が提唱した「がんばろう同人!」プロジェクトの一環で、同人誌印刷を手掛ける21社が合同キャンペーンを展開したが、状況は依然として厳しい。
肉筆回覧誌からガリ版刷りの時代を経て、「ぼくたちのまんが」としての同人誌メディアは今日まで拡大を続けた。その背景には印刷会社のサポートなど、不慣れな個人でも自分自身のメディアをかたちにできる環境があったことも大きい。これは日本におけるマンガの「生態系」のユニークな特徴でもある。
「ぼくたちのまんが」の時代が始まってから、はや50年。コロナ禍で幕を開けた2020年代が、マンガ文化の「生態系」にとってどのような時代となるのか、まだ先は見えない。=朝日新聞2020年11月24日掲載