「秋吉久美子 調書」書評 伸びやかな自然体にプロの矜持
ISBN: 9784480818546
発売⽇: 2020/09/17
サイズ: 20cm/220p
秋吉久美子 調書 [著]秋吉久美子、樋口尚文
私の世代にとって秋吉久美子の存在感は別格だ。明らかに時代を数十年先んじていた女優だろう。
福島の進学校に通う早熟な文学少女が映画「旅の重さ」でデビュー。その後、藤田敏八監督の三部作「赤ちょうちん」「妹」「バージンブルース」で大ブレークした。
以来、およそ半世紀にわたり唯一無二の女優として活躍し続けている。その女優人生を対談形式でまとめた「調書」は、過去の作品を大人買いしたい衝動に駆り立てるほど深くて濃い。
秋吉久美子の発見者・発掘者たる内田ゆきマネージャーの怨念と執着の数々を淡々と語り、河崎義祐監督の「挽歌(ばんか)」を、「本当に伸びやかに、自然体で力をそのまま出せた」「人生の中でもあの撮影の一か月はすばらしかった」自分の「金字塔」だと評する。
根津甚八と旅館のロビイの片隅で抱き合ってラブシーンの予行演習をしていたら、監督に見つかり結局3人で演技をつけたとの逸話には、プロの女優としての矜持(きょうじ)が溢(あふ)れている。
テレビドラマ「海峡物語」の撮影中、「秋吉くんって、その程度なの?」と駄目だしされ、台詞(せりふ)を一行一行解析し尽くして再度演じた結果「うん、秋吉くんだ」と言われた経験が、自分のなかにずっと残っている心のプレゼントだそうだ。
秋吉久美子的女神に囲まれた東京生活を夢みて高知から上京した私は、現実と夢との乖離(かいり)をいやというほど思い知ることになる。とはいえ、その頃の私は、どこかでその夢に支えられていたのかもしれない。
池上季実子との共演テレビドラマ「家庭の秘密」の主題歌だった荒井由実の名曲「あの日にかえりたい」を耳にするたびに、今でも胸が締め付けられる。
私と同じくこの調書に感動し共感するオッサン世代にとって本書は、「あの頃のわたしに戻って」ほろ苦い青春時代を思い出させてくれるタイムカプセルなのではなかろうか。
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あきよし・くみこ 俳優、詩人、歌手。1974年公開「妹」など主演3部作▽ひぐち・なおふみ 映画評論家、映画監督。