地球温暖化をはじめとする様々な環境問題が、日本の食卓で長年親しまれてきた水産物にも影を落としつつある。回遊魚のサケも、その一つだ。
国内では近年、サケの減少傾向が目立つ。そして今後、最も懸念されるのは、温暖化に伴う海水温の上昇だ。
サケは冷水系の魚で、生きていくうえでの最適な水温は8~12度。日本近海の海水温がさらに高まると、日本のサケは将来、回遊ルートを失う恐れがある。ただし、地球上からサケが消えてしまうわけではなく、分布域は北極海へとシフトしていく可能性が高いという。『サケ学への誘(いざな)い』は、生態系の中でのサケという生き物の素顔、そして、サケと人間との関わりを、豊富なデータをもとに解き明かす。
大海原で成長したサケは、故郷の川へ帰り、産卵して子孫を残すと、その命を終える。私たちはサケを食用魚としての視点でのみ捉えがちだ。しかし、サケ類には「物質循環の担い手」としての大事な役割がある。ヒグマなどの動物の餌になるだけでなく、その亡骸(なきがら)に含まれる窒素などの物質は、川の周辺に茂る植物をも成長させる。産卵のために川を遡(さかのぼ)ることで、海で育まれた栄養を運び、陸の生態系を豊かにしてくれる存在なのだ。筆者が提唱する「サケ学」とは、サケという魚を通して地球環境を学ぶことでもある。
川で育ちにくく
サケと同様、ウナギもまた川と海とを行き来する回遊魚だ。サケとは逆に、ウナギは海で生まれるが、河川環境の悪化で生息が脅かされるという点で、両者は共通の問題を抱えている。
国際自然保護連合(IUCN)は2014年、かば焼きでおなじみのニホンウナギを絶滅危惧種に指定した。個体数が減った主な要因と指摘されるのは、(1)過剰な漁獲(2)成育場環境の劣化(3)海洋環境の変化、である。たとえば、河口堰(かこうぜき)などの人工構造物の建設は、成育の場としての河川環境を悪化させる要因となる。
あなたはウナギとどう付き合いますか――。そう読者に問いを投げかけるのは『結局、ウナギは食べていいのか問題』だ。科学的知見や統計データを提示したうえで、ウナギを食べるか食べないかの決定は「個々人の価値観」に基づくべきだと説く。ニホンウナギは、生物学的には数ある魚種の一つにすぎない。しかし、実に多様な問題を内包した魚である。稚魚の密漁や密売といった、社会の闇とのつながりも含めて。
すみかが失われ
そして世界の海を見渡したとき、各地で大きな問題となっているのが、サンゴの「白化現象」だ。『サンゴの白化』は生物学を基軸に、白化現象とその影響を解説した一冊だ。
タイトルを一見しただけでは、食卓とはあまり関係がなさそうに思えるかもしれない。しかし、サンゴ礁の海は、美しい景観や観光的な価値を生み出すだけではない。南の島々に暮らす人たちにとって、大切な漁場となっている。
ハタ類やブダイ類などの食用魚、シャコガイ類など、健全なサンゴ礁は豊かな海の幸の源となる。ところが、高い海水温が原因で大規模な白化現象とサンゴの大量死が起こると、サンゴの森をすみかとする様々な生き物たちも減ってしまう。つまり、サンゴ礁の衰退は、海の恵みを喪失させ、食卓に危機をもたらす環境問題でもあるのだ。
大規模な白化現象は近年、沖縄の海でも発生している。地球温暖化に伴い、将来はさらに頻発化すると予測されている。
南の海のサンゴと、北の海のサケ。両者が直面する問題は、いずれも高い海水温に起因するという点で、実は根っこのところでつながっているのである。=朝日新聞2020年12月5日掲載