2020年ベストセラーを振り返る 誰かへの想像力、会えぬからこそ ライター・武田砂鉄さん

※2020年ベストセラー(2019年11月24日~20年11月23日、日販調べ、総合部門)
当然ながら、新型コロナウイルスは出版業界にも大きな打撃を与えた。家にいる時間が増えた結果、本に触れる機会が増えた人は多いだろうし、遠出が控えられた結果、生活に根ざした近場の書店がこれまで以上に集客していた印象もある。とはいえ、本が読まれた、という結論に持ち込める状態ではない。
人の動きが制限されれば、繁華街にある大型書店を中心に影響が出る。とりわけ雑誌は、合併号に切り替えるなど、苦戦を強いられた。休刊や不定期刊行化の発表も相次いだが、具体的な影響が出るのは来年以降なのではないかと、不安は募る。
カミュ『ペスト』など、この時勢だからこそ読まれた作品もあったものの、「単行本フィクション」「文庫」のランキングを見ると、文学賞の受賞作以外は池井戸潤・東野圭吾・村上春樹・伊坂幸太郎といった、変わらぬ顔ぶれが揃(そろ)う。ベスト20内には昨年刊行の作品が複数冊含まれており、流行(はや)っている作品がますます流行る、という動きは、このコロナ禍で強まった。コミックランキングではなく、総合ランキング①②④として、ノベライズの「鬼滅の刃」がランクインしたことからも明らか。
英国在住のライターが、息子が成長していく様を綴(つづ)った⑦では、「エンパシーとは何か」と問われた息子が「自分で誰かの靴を履いてみること」と答えてみせた。他人への共感を意味する「シンパシー」とは異なるそれを、著者は「自分と違う理念や信念を持つ人や、別にかわいそうだとは思えない立場の人々が何を考えているのだろうと想像する力のこと」とした。日本、あるいはアメリカで、誰かの靴を踏んづけたり、なかったことにしたりすることばかり考えているように見えた政治家たちの視野の狭さが、そのまま、コロナ禍での不安をふくらませた。
⑲は、「繊細でストレスを感じやすい人が、繊細な感性を大切にしたまま、ラクに生きる方法」についての本。HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)を「繊細さん」と名付けて議論を進める。相手の感情が強いときには、自分と相手の間に「分厚くて透明なアクリル板をおろす」ことで相手に引きずられないようにしよう、とある。2018年に刊行された本なので、あくまでもたとえ話として用いられているだけだが、こうして、直接対面しにくい、具体的に接触しにくいなかで、いかにして人間関係を構築するか、という悩みを、多くの人がアクリル板越しに抱えたのだろう。
「1分で人を動かし、100%好かれる話し方のコツ」とサブタイトルにある⑫は、「『話し方のスキルを上げること』=『心を磨く』こと」という帰結からして頷(うなず)けないのだが、正解と不正解を列挙することで即効性を高めていく。その姿勢こそがプレッシャーに変化するのではないかと心配するのは、私が、「〇〇が9割」と言われても、すぐに「残りの1割はなんだろう」と考えてしまう、素直さに欠けた性格だからなのか。
⑧はタイトルこそ強いが、児童精神科医の著者が、非行少年たちと向き合う中で感じた「反省以前」の問題、彼らが放り込まれた社会の危うさも同時に問う。ここでも、いかに人と接するか、という問題が横たわる。
学生やその親たちに向けた⑳には、「コミュニケーション能力とは?」と題されたページがあり、その言葉について「変に意識し過ぎて、自信をなくさないようにしたい」と書く。「まわりを笑わせるのがうまい」タイプでも、誰かをいじっているならばよろしくないし、「みんなの前で堂々と発表できる」タイプでも、相手の話を聞けないようならばよろしくない。どんなコミュニケーションがベストか、正解を求めすぎてはいけない。
先が見えない世の中、との表現が、レトリックではなく具体的に機能してしまう1年になった。あちこちに出かけられない日々が続く。人の顔色をうかがうテクニックではなく、自分の視界を広げてくれる本に出合いたい。本って、自己分析ではなく、「誰かの靴」だと思うので。=朝日新聞2020年12月26日掲載